アリス・ファーム へようこそ! 北海道 赤井川村 から ブルーベリー ジャム と 北の暮らし をお届けします。


*このページは夢枕獏さんのホームページ『蓬莱宮』にも転載されていますので、そちらもごらんください。

バックナンバー<2011.7-8〜2013.11>

●2013年11月
 1 0月に急に寒くなったと思ったら1 1月はそうでもなくて、割合緩やかな日が続いている。一度雪がドンと積もったが、それも解けて、今のところ平穏な1 1月下旬である。ブルーベリーも庭木も全部しばったし、タイヤ交換も終わって、あとは雪を待つばかりだ。
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タイから美人がやってきた
タイから美人がやってきた

 日本のテレビ番組「遠くへいきたい」に続いて、タイからも同じような旅番組の取材がやってきた。タイ航空のフライトが札幌に来たからか、いまタイでは北海道ブームなのだそうだ。小樽方面を取材中とのことで、ついでにアリス・ファームにもやってきた。どういう番組か分からないが、美人の来訪はともかく大歓迎、一緒に記念撮影をした。右が番組レポーターだそうで、大柄な西欧風美人であった。タイ純血とのことだが、ちょっと分からない。一緒に村のソバ屋に行ったら、すごい量のトウガラシをかけるのでびっくりした。美女なのにやることがすごい。
恒例の野田さん訪問
恒例の野田さん訪問

 毎年秋になると徳島の野田知佑御大を訪問することになっている。同行は小学館の宮川選手で、彼はかってBe-Palなる雑誌で我々両名の担当をやっていた編集者だ。今は小学館らしく幼稚園とか保母さんとかの雑誌を作っていて、相変わらず多忙な毎日らしい。
 秋の徳島行きは一応野田さんのお兄さんの蝶コレクションの手入れ、ということになっている。見事なコレクションが虫に喰われないように防腐剤を毎年入れ替える。近くの港の堤防五目釣りや四国式うどんなどが恒例のオプションでひとまず南の秋を楽しむのであった。
冬囲いの季節だ
冬囲いの季節だ

 雪が降る前に樹木類の冬囲いをしなくてはならない。最大の仕事はブルーベリーの囲いで、なにしろ4000本もあるから大仕事だ。村の「高齢者事業団」にお願いして、一本づつ縄で巻き上げる。それが終わると庭木の類になるのだが、生け垣は写真にあるような木製の防具を使うことにしている。あれこれ試みたのだが、この方式が生け垣には一番いいみたいだ。
 バラやその他の灌木などはブルーベリーと同じように縄で巻き上げるが、バラだけはムシロを使って特別扱いしている。
 もっとも、ここでいう「縄」も「ムシロ」もどちらも現代ではビニール製になっていていささか味気ないのである。
クリを拾ってみんなで食べた日曜日
クリを拾ってみんなで食べた日曜日

 とある秋の日曜日、有巣や仁木たちがやってきて、昼食会を開催することになった。食後の運動に外に出たが、ふと思いついてクリ拾いをすることにした。季節がやや遅いから全部地上に落ちているし、すると大半が虫にやられているだろう。しかしなにしろ数が膨大だから、中には無事なものがあるかも知れない。
 家の近くにあるクリの大木3本は見事な枝ぶりなのだが、こちらにはあまり実が多くなかった。そこでブルーベリー園の丘にあるクリ林に行くと、こちらは今年も豊作らしい。いっぱい拾って家に帰り、イタリアで買った焼き栗フライパンで煎ってはハフハフと食したのであった。
そしてブルーベリー園に雪が降る
そしてブルーベリー園に雪が降る

 冬囲いと積雪がうまくいく年とそうでない年がある。今年はタイミングがよくて、冬囲いが終わったちょうどの頃に初積雪になった。この雪はすぐに解けてしまったが、まずは冬支度が間にあってほっとした。
 年によっては積雪が早いことがあって、もう10年も前のことだが、1 0月上旬にどかんと大雪になって、そのまま春まで地面が見えなかった。この時はブルーベリーの冬囲いも終わっておらず、畑もかたづけておらず、大いに苦労した。雪解けの頃に忘れていた道具類などが続々出現してがっかりしたものだ。



●2013年10月
 むやみと暑い夏から一転して、ぐっと冷え込む秋になってきた。9月も末になると早朝の気温は零度近くて、外に出るとドキリとする。もうすぐ紅葉の季節、そしてその向こうに冬が待っている。
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船底を塗る
船底を塗る

 船が海に接している部分、つまり船底にはいつのまにか藻や貝の類がぎっしりと付着してしまう。すると船底にある給排水口が詰まったり、計器類や船の速度にも影響がある。そこで、一年に一回は船を陸上に上げて船底を洗い、塗料を塗ることになっている。
 業者に頼むこともできるのだが、今年から自分でやることにして、またしても木田先生の指導を仰ぐことになった。写真はジェットクリーナーの洗浄が終わって船底塗料を塗っているところ。主要部分はローラーを使い、細部は刷毛塗りをする。もちろん塗料は専用のものを使うことになっている。
北海道一周航海に挑戦
北海道一周航海に挑戦

 船底がきれいに仕上がった船に乗って北海道一周の航海に出た。ノンストップ2週間の強行軍で挑むのは、いずれやりたい長期航海のトレーニングのつもりである。「機帆走」といって、ヨットの帆はもちろん使うのだが、主たる推力をエンジンに頼る方式の航海だ。いわばすごく遅いモーターボートのようなもので、昼夜ゴンゴンというモーター音に揺られる。ノンストップと言ったが燃料の補給だけは必要なので、途中3カ所で港に入った。ついでに2カ所で銭湯に寄ったが、これは内緒。しかしそれにしても木田氏はすごい。エンジンが故障してもビクリともしないし、セールを使ってしっかり船を接岸してしまうのである。
海上保安庁をどう思う?
海上保安庁をどう思う?

 小樽のヨットマンと話していると海上保安庁について、親しみとまでは言わないにしてもある種尊重するような態度があって、ぼくなどはそれに結構違和感を覚える。自衛隊、警察、海保などの制服官僚への漠たる反発は、ぼくたち全共闘世代に独特なものなのかも知れない。いい歳していまだに「反体制」なのですね。ところが今回のクルーズでその海保と二回にわたって接触することになった。一度は「臨検」だから愉快ではないが係員は実に丁寧だった。もう一度はロシア国境に近い知床付近で、ご親切なことに安全航路を先導してくれるのであった(写真)。
スズメバチのバトル
スズメバチのバトル

 船旅から家に帰ると勝手口のあたりがなにやらにぎやかである。一瞬なんだか分からなかったが、よく見ればスズメバチの乱舞ではないか。しかしそれにしても様子がおかしい。飛び交う蜂を見ていると、どうも大小2種類が混ざっているような気がする。しばらくして気づいたのだが、これは軒先の屋根裏にあったキイロスズメバチの巣をオオスズメバチが襲っているところなのだ。2種のスズメバチの空中戦は貴重な生態だが、通路なのでいささか危ない。そこで役場に頼んで小樽の専門家に来てもらった。
 昔ミツバチを飼っていた頃、よくオオスズメの襲撃があったが、久しぶりにその勇姿に出会った。
原日出子さん来訪
原日出子さん来訪

 ずっとずっと昔、あるテレビの取材でやってきた女優の原日出子さんがまた別な番組取材で来訪、旧交を温めることになった。「遠くへいきたい」という長寿番組だそうで、日出子さんはずっと昔のことをとてもよく覚えていてくれた。持参してくれた写真にはうんと小さな有巣が映っていて懐かしかった。その頃、仁木はいまの仁菜ぐらいだったはずだ。鮭をさばいてイクラ丼を作り夕食会を開催した。番組は10月20日に放映されるらしいので見て下さい。日出子さんとは共通の友人が多いので次は東京で夕食会の予定。
有巣と仁菜の不思議な関係
有巣と仁菜の不思議な関係

 どうしてそんなに有巣がイヤなのか、本当に不思議でおもしろい。有巣は内科の外来をやっていて、まことに温厚かつ丁寧に人と接している。患者にはもちろん子供もいるわけで、本人は子供には親しみを持たれるはずだと言っている。ところが仁菜は有巣が嫌いなのである。苦手と言った方がいいのかも知れないが、ともかく有巣が登場するととたんに硬直してしまい、うなだれてしまうのである。いつまでもそれじゃまずい、ということで最近はつとめて両者の接触を増やしているのだが、ようやくひざに乗せても泣かなくなってきた。不安げな仁菜を心配して仲良しのギンちゃんが見に来たところ。



●2013年7月
 春がいつまでも寒いと思っていたら、むやみと暑い7月が来て、しかし後半になるとまずまず北海道らしい夏になってきた。結局いつもと同じにおさまるのが季節というものなのだろう。
 7月になるとお客さんが多くなってくるし、行事も増えるし、昆虫もにぎやかなので、毎日が楽しくも忙しい。夏の暑い時期こそ爽やかな海風を受けてヨットに乗る季節なのに、なかなか家から離れられないでいる。
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宮川くんと蝶々とり
宮川くんと蝶々とり

 今年も蝶々仲間の宮川くんがやってきた。ずっと昔、Be-Palなる雑誌で連載を担当してくれた編集者だが、時を経て今では一緒に蝶々遊びをする間柄になった。
 毎年夏の早い時期に彼はやってくるのだが、近頃はどうもいまひとつ蝶とタイミングが合わない。今年は春の寒さが尋常ではなかったので、昆虫界もやや異常で、彼が来た7月最初は種類も数もかなり少なかった。せっかくなのになんだか申し訳ない気がしてがんばったのだが、あんまり収穫がなかった。そしていつもそうなのだが、彼が帰ると突然蝶が乱舞し始めるのだ。宮川、すまん。
オオイチモンジが庭にくる
オオイチモンジが庭にくる

 オオイチモンジはとても美しい蝶だ。内地では中部山岳方面でしか見られないそうで、だから愛好家はわざわざ北海道まで採りにくる。以前大雪山系に釣りに行った時にいっぱい見かけたので、あのあたりが中心地だと思っていた。ところが、昨年あたりからわが家の周辺で結構多くとんでいて、なぜか窓の網戸に止まったり、今年などは温室の中で休んでいたりする。最高級品なのでとても網で採るようなことはできず、静かに観察するだけだ。どういう事情で毎年訪問してくれるのか分からないが、ともかく大歓迎。
 ゼフィルスは今年もたくさん発生していて、谷間の林を乱舞している。ミヤマカラスアゲハもいつものように美しい。
久しぶりにバーベキュー
久しぶりにバーベキュー

 仁木一家に有巣、その友人という内々のメンバーで久しぶりにBBQ、楽しい昼食会だった。サトウカエデの樹が大きくなって、木陰もずいぶん広がった。この樹を植えたのはもう20年以上前で、その時はまさかこの木の下で、こんなメンバーで集まるなんて思いもしなかった。樹は場所に歴史を作ってくれる。だからやっぱりどんどん記念日をつくって記念樹を植えることにしよう。
 ところで集まった大人6人のうち、3人が医者、というのもすごい。仁菜ちゃんも将来は医学部を目指すらしいから、周辺が医者だらけになってしまう。誰かファーマーを引き継いでくれないだろうか。
仁菜ちゃんと芝刈り
仁菜ちゃんと芝刈り

 仁菜がジョンディアの三輪車を買ったというので、一緒に芝刈りをすることにした。芝生に大小並べるととてもおかしいのだが、仁菜の機嫌がいまひとつよろしくない。その原因は端的に有巣にあって、彼女は有巣がどうしても嫌いなのだ。
 せっかくみんなで楽しく遊んでいても有巣が来るととたんに表情がこわばってしまい、うつむいてしまう。この写真の仁菜の視線の先には有巣がいる。冬のソリ遊びの時に温室に激突したことを仁菜はいまだにネに持っているらしい。もっとも、「仁菜が有巣を嫌い」ということ自体が笑いの種で、やっぱり家族というものはぬくぬくといいものなのである。
安全祈願祭に参加してきた
安全祈願祭に参加してきた

 出光興産という会社があって、ここが赤井川村の山の上に地熱発電所を作る計画を進めている。ぼくは全面的に原発に反対する立場にいるから、およそ自然エネルギー的なもの一切に賛成だし、支持したいと思う。
 その出光の試験的な掘削が始まることになり、村の幹部とセレモニーに参加してきた。左から議長、村長、神主だが、どうしてぼくが呼ばれたかというと、現場に至る道路がわが社の所有になっているからだ。
 それにしても泊原発の再稼働を目指す北海道電力はとんでもない会社だ。原発再稼働のために自然エネルギーによる電力に買取制限をするのだから許せない。
小川寿美子さん一家来訪
小川寿美子さん一家来訪

 キャンプ場にお友達がいらしてます、と聞いて誰のことかと思ったら、沖縄の小川さんだった。彼女からことづかったという新聞記事を見てびっくりした。小川さんのご主人、ユージーンさんが昨年、亡くなったという。しばらく前にやはりキャンプ場でお会いしたのが縁だが、有巣が琉球大に在籍していた関係で、お宅におじゃましたこともある。ご夫妻とも沖縄の大学で教鞭をとり、たしかユージーンさんは医学部の教授だったはずだ。本当にびっくり。ご冥福をお祈りします。
 小川寿美子さんがふたりのお子さんと訪ねてきた日に、ちょうど仁木と仁菜がきて、みんなで記念撮影。
竹鶴さんと道新キャンプ
竹鶴さんと道新キャンプ

 ニッカウヰスキーの創始者竹鶴政孝さんの孫、竹鶴孝太郎さんとはかなり前からの知り合いで、時々どこかでお会いする。彼がニューヨークに住んでいた時には、ちょうどシェーカーの取材に歩いていたので、かの地で色々お世話になった。その竹鶴さんが家族の夏休み旅行でこちらに来ることになった。期間がちょうど道新の親子キャンプの時期だったので、参加するようお誘いした。ところが、どうしたわけか今年は参加者が少なくて、ほとんどスタッフだけのキャンプになった。子供が2人だけで寂しかったが、それでもしっかり魚を釣り、クワガタを捕まえて遊んだのであった。



●2013年5−6月
 5月になっても寒い日が続いてなかなか本格的な春が来なかったが、6月に入る頃からようやく春の風景が始まった。山が緑になり、鳥が歌い、花が咲く、いつもの春だ。きっちり5月3 1日まで裏のルバーブ畑に雪が残って、おそらくこれはわが家の記録になるだろう。鳥を眺め、花を愛で、木を植える、いつもの春を楽しんでいる。
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ジョンディアの諸君、出動ですよ!
ジョンディアの諸君、出動ですよ!

 春の最初にする仕事は、冬の間に使った機械を整備して格納し、かわりに夏期間使う機械類を出して点検する作業だ。畑を耕したり、牧草を刈ったり、芝生を管理したり、雪のない期間は仕事が多い。各種の機械を使うのだが、ひとまずジョンディア組に整列してもらった。左のキャブつきにはまだ除雪のブロアーを装着しているが、これは土を耕すローターリーに交換する。中央のビンテージには牧草地で使うフレールモアがついている。右端は出番が最も多い芝刈りのロータリー用マシンだ。「ジョン・ディア」というのは昔、アメリカで農機を売り歩いて成功した人物の名前。
窓からウォッチングの鳥たち
窓からウォッチングの鳥たち

 毎朝7時頃、自分の朝食が終わってからギンにエサをあげるのだが、春先はその時間がとても楽しい。というのは、彼女の部屋は本部建物の南側のウィングにあって、周囲がぐるりと窓になっている。その窓から外を眺めるのと、春先は周囲に鳥がすごく多い。こちらにもあちらにも鳥がいて、時々ギンのエサを忘れてしまいそうになる。
 写真は今年の5月、ウィングから撮影したキビタキとオオルリだ。どちらも裏庭のナナカマドに止まったところを窓ごしに撮った。この2種はいわば春のクィーンで、姿も声も大いに優雅だ。こういうのを室内から親しく眺められるあたりが田舎暮らしの醍醐味だ。それにしてもヒタキ科の鳥はかわいいなあ。
職場訪問をしたらひどい目にあった
職場訪問をしたらひどい目にあった

 「肺炎球菌のワクチンがあるから、接種しておいた方がいいよ」有巣にそう言われて、それじゃ職場見物方々行ってみよう、ということになった。場所は札幌の渓仁会クリニック、指定された時間に行くと、宇土先生が診察室2で仕事をしていた。「いやいや・・・どもどもハハ」とお互い挨拶に困って、その時撮ったのがこの写真。あれこれ世間話などして、予定通りワクチンも打ってもらって帰ってきた。ところが、この訪問でノロとかロタとかいうようなウィルスに感染したらしくて、その日の深夜からひどい下痢、嘔吐が続き、初めて経験する深刻な症状になった。連休だったので病院も閉まっており、結局有巣に来てもらって余市の当番病院で手当を受けることになった。「みんな有巣のせいだ。ワクチンなんか受けるんじゃなかった」と、以後ずっと彼に文句を言っている。
温室のバラが満開だ
温室のバラが満開だ

 5月末から6月の初めにかけて、温室のバラ15種がそれぞれに第一回目の開花をした。外はまだ寒々とした風景なのに、そこだけ南国のような色彩なのである。いや温室の威力はすごい。
●左上から 1/ アプリコットネクター 2/イエロー・クィーン・エリザベス 3/ムーン・スプライト 4/ニコロ・バガニーニ 5/アリスター・ステラ・グレイ
●2段目左から 6/ダイアモンド・ジュビリー 7/マダム・アントワーヌ・マリー 8/フレンチ・レース 9/ラ・フランス 10/ゴールド・バーニー
●3段目左から 11/アイス・バーグ 12/ジャスト・ジョイ 13/フラウ・カール・ドルシキ 14/ドゥブツア・ウバ 15/ドクター・エッケナー
 6月中旬、バラはますます盛大になっている。
誕生日には木を植えよう!
誕生日には木を植えよう!

 以前から5月1日は植樹の日、と呼んでいたのだが、実際にはそれではやや早くて、今年などはまだあたり一面雪景色だった。ぼくの誕生日は5月3 0日なのだが、ちょっと遅いがこれを植樹の日ということにしてもいいかもしれない。
 今年は札幌郊外にある「植木村」を訪ねて、いくつか庭木を購入した。写真は「墓地」の用地で、後ろに見えるのはブナとツリバナの2種だ。この場所にはそれ以外に、ヤマボウシ、ハナミズキ、モクレン、クラブアップル、シャラなどを植えた。背丈の低い若い木では、サクラやモミジ、カツラなどをあちこちにたくさん植えた。写真右はスタッフの「カマちゃん」こと鎌田、ブルドーザーなみの馬力人間である。
誕生日にはカレイを釣ろう!
誕生日にはカレイを釣ろう!

 6月9日は有巣の誕生日だ。恒例のバーベキューという線もあったのだが、今回は趣向を変えてヨットでお祝いの会を開催することにした。昼に全員集合、ということにして、午前は男3人でカレイ釣りをした。ヨットの釣りはクルージングしながらのトローリングしか経験がなくて、船をとめてやるエサ釣りがうまくいくのかどうか分からない。そもそも広い海のどこで竿を出したらいいのかも分からない。という初心者組でひとまず沖に出て、当てずっぽうにやってみるとこれが結構釣れるのである。防波堤から投げて釣るよりもずっと大きなサイズを10匹ほどゲットして大満足であった。有巣くん32歳、まずはめでたい春の一日であった。来年も誕生日にはカレイを釣ろう。



●2013年3−4月
 3月、4月、それなりに毎日なにかやっていたはずなのに、過ぎてみるとなんだかみんな昔のことのようで早くもおぼろげな記憶になりつつある。困ったものだなあと自嘲気味に思うのだが、しかし年齢の影響かと思えばいささか恐ろしくもある。
 それはともかく、北海道は大変寒い春を迎えている。それほど珍しいことではないのだが、4月に入ってからも雪が降るし、積もった雪は全然減っていかない。もうすぐ連休だというのに、わが家の周囲はいまだに冬のような風景だ。朝夕の散歩はいまだにダウンジャケットを着ているが、しかしともかく、いつか必ず緑の春がやってくるはずなので、まずはじっと我慢の毎日だ。
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ボートショー見物に横浜に行った
ボートショー見物に横浜に行った

 3月の初旬に横浜港のあたりでボートショーがあり、見物に行ってきた。ヨットそのものと関連する各種の機器類が沢山展示してあって、大変参考になった。小樽のマリーナの皆さんもブースを作っていたので、そこを訪問した時の記念撮影がこれだ。
 ボートショーはともかく、横浜滞在がおもしろかった。なにしろそこはぼくの故郷であり、思い出の土地なのである。会場の港から丘を登れば外人墓地があり、その向かいには子供の頃通った聖公会の山手教会がある。礼拝の後、母親に手を引かれて坂を下り、中華街でお昼を食べるのが習慣だった。なつかしの丘から遠く富士山や丹沢の山並みを眺め、感傷にふけるのでありました。
仁菜ちゃんのイス

 秋に1歳を迎えた仁菜ちゃんはいよいよ歩行を始め、あれこれ言葉なども発するようになった。両親にかわいがられて彼女は大変幸せに見える。その仁菜のためにお父さん(仁木のこと)がイスをプレゼントすることになった。屋根裏の倉庫から以前に作ったシェーカーの子供用ロッキングチェアが2脚見つかったので、座面テープを張って完成させよう、という企画である。イスが小さいのでテープの幅も狭いものがいいのだが、手元にない。そこで京都の宇納君に連絡をしてわざわざテープを送ってもらった。写真はテープ張りをがんばっている父とそれを指導する祖父、完成したイスの座って満足の仁菜、という3世代。
 宇納くん、どうもありがとう。
仁菜ちゃんのイス
カリフォルニアでヨット見物
カリフォルニアでヨット見物

 ヨットの本場が世界のどこなのか分からないが、どうやら日本がかなりの辺境に位置していることだけはたしかなようだ。あちこち見回してみると、どうやら我々は極端な辺境的環境に囲まれているようで、たとえば輸入ヨットの価格は欧米の倍にも達する。色々と事情はあるのだろうがどうにもこの特殊な辺境的環境を受け入れるのは悔しい。国産の航海機器を買うのに、日本よりもアメリカの方が安くて、しかしそれを買って帰ると日本では使えないようにブロックしてある、なんていう困った国なのである。
 それじゃいっそ片足をカリフォルニアにかけたらどうだろう、というようなことを考えて、太平洋の対岸を見て歩いたのであった。写真はロング・ビーチ。
憧れのヨットと対面、感動

 アメリカで作られているヨットにはかなりの種類があるようだが、外洋の長期クルーズ向けの船はそう多くはない。「プロダクション艇」と呼ばれる規格艇だとメーカーは3カ所ぐらいで、しかしそのうちの1社が操業停止をしており、もう1社の船は成金的に豪華でその分高額。という風に選択肢が狭まって、残るのはP社だけになる。
 そのP社の船を見せてもらったのだが、誇張ではなくて本当に感動した。そのシルエットの優雅さ、優美さ、格調の高さ、あるいは風格、品格、どう呼んだらいいのか分からないが、素晴らしいヨットだった。艇体の仕上がりなど、ぼくが今持っている船とは雲泥の差なのである。いや、感激でした。(デイナ・ポイントにて)
憧れのヨットと対面、感動
英語力の問題
はっきり言えば英語力の問題なのだ

 日本のヨット界が鎖国的商売をやっていられる理由は、端的に言うと日本人の英語力が劣っているからだ。消費者が英語を苦手としなくなったら、日本の業者はやっていけなくなるはずだ。
 といいながら、実は今回ほど自分の英語力の貧弱さを痛感したことはなかった。写真に写るK氏はP社の代理店をやっているのだが、その彼から聞くあれこれの説明がおおよそ半分ぐらいしか理解できないのである。船そのものについての解説は分かりやすいが、アメリカでの船の売買や契約などの詳細について、彼の早口の英語についていくのが一苦労。それでもがんばるつもりなので、英語の学習が当面のテーマになった。
メキシコで会った人々

 写真の2 カ所に写っている人物はそう見えるかもしれないがメキシコ人ではなくて、小樽の木田修二氏である。彼が今回のカリフォルニア行の同行者で、氏は小樽のヨットスクールの講師であり、ぼくのヨットの先生なのである。その木田さんにヨットの専門的なアドバイスと車の運転をお願いして、ふたりで西海岸を走って回った。サンディエゴでI社のヨットを見た後、近くだからということでメキシコに入ってみることにした。アメリカ側に車を停めて徒歩で入国するつもりが、高速道路でそのままメキシコに入ってしまい、国境でひともめ。しかし無事アメリカに再入国できて、再び今度は徒歩で国境を越えた。写真は死にそうな様相の音楽家2名と寄付をつのるかわいい看護婦さん。
メキシコで会った人々
北海道はまだ雪だった
北海道はまだ雪だった

 蒼い空のカリフォルニアから北国北海道に戻ると、分かってはいてもその落差はやっぱり大きくて、時々ふと移住を考えてしまったりする。という気分を急いで封印して、日常に復帰するのだが、まずは冬体制の後始末だ。冬の間ずっと除雪作業に貢献してくれたトラクターの手入れが春の作業ルーティンのひとつ。エンジンオイルの交換のついでに、今年はミッションオイルも交換することにした。体が大きいので、20リットルのオイル缶を3缶も必要になり、それだけで5万円になるから恐ろしい。
 オイルを交換したというだけなのだが、なんだかエンジン音がとても快調になった気がするから不思議だ。



●2013年2月
 この「フォト日記」のページも昨秋からずっと更新せず、なんだか放置しているようで気がとがめていたのだが、実は昨12月の衆議院選挙を境にすっかり意欲活力を失ってしまい、深い雪の中で文字通り「冬眠」をしている状況だ。新聞もテレビニュースもあまり見たくないし、あのアベの顔が出てくるといそいでページをめくり、チャンネルを変える、という後ろ向きな毎日です。
 原発ももとどおり、ダムももとどおり、その上憲法も変えて戦争ができる国にするのだという。国民によって選ばれた極右政権だが、日本は一体どうなってしまうのだろう。
 というようなことを延々と述懐していた以前の「北海道通信」から、気楽な「フォト日記」に移行したはずなので、気をとりなおしてもとどおり身辺雑記風にやらせてもらいましょう。
 毎回同じようで恐縮だけど、ご勘弁を。
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札幌四人組の新年会
札幌四人組の新年会

 毎度おなじみの四人組で新年早々に新年会をやった。右から北海道新聞常務の岡田実さん、動物写真家の嶋田忠さん、酪農学園大の小川巌さん、といういつものメンバーだ。
 みんないい歳なのだが、ここで熱心に話されるのは、野鳥にあげる脂身は豚と牛とどちらがいいか、とか、アライグマの捕獲ワナに新種のものがある、とか、ウチのエサ台の鳥は手からエサをとるよすごいでしょ、とか、すこぶる牧歌的な内容なのである。
 ぼくをのぞく皆さんは毎日社会的なお仕事で多忙なはずだが、この時だけはなんだか少年の会合のようになって、料理屋の仲居さんがやや怪訝そうにするのである。
大雪だあ!

 なにか気象上の理由とか背景があるのだろうが、今年はかなり雪の多い冬だ。降り始めも早かったし、年を越してからも勢いは一向におさまらない。2月下旬になった今も連日の降雪で、毎朝早くから除雪作業に追われている。工場や事務所に来るスタッフの皆さんの出勤時間の前に作業を終わらせる必要があるのだ。朝の5時に起きるとまだ外は真っ暗だし、ギンも寝ぼけてるし、新聞もまだだったりする。急いで朝食、ギンも朝食、それからトラクターのエンジンをかける。
 写真は本部前の雪の廊下。現在はこの壁がさらに高くなっていて身長をはるかに越えている。
大雪だあ!
レフト・アローンのギンちゃん
Left Alone/レフト・アローンのギンちゃん

 アメリカのジャズ歌手ビリー・ホリデーが死んだ後、長い間彼女の伴奏をしてきたマル・ウォルドロンが「Left Alone」という曲を発表した。ずっと昔の話だけど、そうかひとり残されるという情感はこのように言うのかと思いながら曲を聴いたものだ。  アンの死後ギンはすっかり元気を失って、見るのもかわいそうな状態だった。それでもなんとか立ち直りつつはあるのだが、以前とくらべると活発さを失ったように思える。つくづく思うのだが、犬はやはり複数で飼ってあげるべきだ。長期の旅行を計画中で次の犬が飼えないでいるのだが、ギンには申し訳ないと思っている。なので、彼女は日中のほとんどを事務所で過ごしている。
「指令フタマルマルフタ、イラスト送れ!」

 北海道物産展のために出張中の宇土巻子から時々指令が届いて、するとこちらの補給部隊は急遽新しい仕事にかかることになっている。ある日届いた指令は「ブルーベリーパフェ」をイラストにして送れ、というもので、さてどうしたらいいのか頭をかかえたのだが、期日までに送らないと厳しい叱責を受けることになる。
 やみくもに試みたのがこのイラストで、描いた本人としてはまずまずこんなもんだろう、というぐらいの仕上がりだ。
 そもそもこのソフトクリームパフェはホテル・ドロームのカフェのメニュにあったもので、ソフトクリームとブルーベリーという大いに北海道的なメニュである。最近よく売れているのがブルーベリーのマフィンだが、このパフェにまで参加することになった。地下のマフィン工房は連日大忙しである。
 お近くの百貨店、北海道物産展で探してください。
イラスト送れ!
屋根の雪
屋根の雪

 太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪降り積む
 次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪降り積む
 三好達治の詩はたしか中学校の教科書にあったはずだが、その頃はまだ自分がそんな北国で暮らすことになるとは思ってもみなかった。
 しかし問題はその雪の重量である。雪の重さというのは相当のもので、現にアリス・ファームの機械倉庫は見事に倒壊したのである。だから住宅の屋根はなるべく急勾配にしてあり、トタンも塗装して滑りをよくしている。するとこの写真のように屋根の雪は左右に滑り落ちるのである。
雪国生まれなのに・・・・・

 宇土仁木・あつみ夫妻の長女仁菜ちゃんは1歳を越えて元気いっぱい、わが家に遊びにくると広い家の中を走り回っている。犬たちが寄ってくると泣いていたのに、いまや彼らに食べ物をあげたりしている。子供はどんどん成長する。
 ところが、なぜか外に出ると調子が悪いらしい。防寒衣料に身を包んで散歩をしようとすると、なんだか急にご機嫌が斜めになる。寒いのイヤなのか、服や靴がきついのか、どうも理由が分からない。このままインドア少女に育っては困ると思って無理矢理雪の中を連れ回したりするが、しかし賢いお母さんがついているから、きっとそのうち寒さも雪も克服することだろう。
雪国生まれなのに
雪の廊下が完成した
雪の廊下が完成した

 アリス・ファーム入口には自作のレンガ門柱があって、そこから道がずっと家まで続く。この道路の除雪は日課の仕事なのだが、毎年2月頃になると雪の壁の高さが身長ほどに達する。除雪の時にはなるべく真っ直ぐに、垂直に壁を作るように心がけている。2月のある日、仁木一家が来たので立派にできた雪の壁をバックに記念撮影をした。仁菜が座っているソリは、有巣や仁木が子供の頃のもので、北欧製なので氷や堅く締まった雪用にできている。もう少しすると仁菜は仁木たちが使った幼児用のクロカンスキーで遊べるようになるだろう。



●2012年12月
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今年最後の魚釣り
今年最後の魚釣り

 雪が降る前にぜひ、と約束していたフライフィッシング教室を1 1月の末に敢行した。生徒はグレッグ、オーストリア人で宇土仁木・あすみ夫妻の英語の先生、その先生に英語で釣りを教える先生がぼくなのである。そもそも仁木医師も先生だから、先生の先生の先生、というわけで限りなくぼくは偉いのであった。
 ドロームの池で楽しく遊んでから家に行って、みんなでランチにした。写真は右端はグレッグの奥さんのアミさん、中央が仁木の奥さんのあすみさんと仁菜ちゃん。みんなで暑いような寒いような格好をしているのがおかしい。
直井さんご夫妻来訪

 本当に久しぶり!数えてみれば30年ぶりにもなるではないですか。飛騨時代の野鳥の先生、直井清正さんと奥さんの陽子さん夫妻がはるばる訪ねてくれた。夫妻は傷病野鳥を救う貴重な仕事をずっと、本当にずっと長い間続けてこられて、その記録を最近本にまとめられた。という記事を野鳥の会の機関誌で知ったので、早速取り寄せたのであった。
 ちょうどそんな時、夫妻は札幌の「ソロプチミスト」という団体から長年の活動を評価されて表彰されることになった。その表彰式の帰路にアリス・ファームに立ち寄ってくれたわけである。
 あれこれの野鳥話ですっかり盛り上がったひとときであった。
直井さんご夫妻来訪
さよならアンちゃん
さよならアンちゃん

 11月29日、アンが永眠。
 その2週間ほど前から具合が悪くなり、段々と食べなくなり、最後は寝たきりになり、やがて息をひきとる、という、他の犬たちと同じ経過をたどった。何度も同じ経験をしているが一向に慣れることはできず、犬本人もこちらも大変辛い最後の日々であった。
 だからもうペットは飼わない、という人も多いが、ぼくはそういう態度はとらない。それでは先立った犬に申し訳ないではないか、「君との暮らしを経験してぼくはもう犬なしではいられなくなった」というのが最大のはなむけではないだろうか、と『藤門弘の愛犬講座』に書いてあるとおりだ。
 だからアンちゃん、残されたギンちゃんとこれからも楽しく暮らすことにするよ。Left alone のギンちゃんは突然一人になって呆然自失の様子だけど、そのうち彼女なりに立ち直るだろう。本来ならすぐに次のチビがやってくるはずなのだが、あれこれ計画があるので当面はギン中心の一人っ子政策でいくことにする。アンちゃんさようなら。君はとてもユニークな犬だった。
温室バーベキューは煙かった

 仁菜ちゃんの1歳の誕生日を記念して温室でBBQをやろう、ということになった。誕生日は1 1月28日だが、みんなの都合でパーティーは1 2月最初の週になった。このあたりはなんだかすごく天気が悪くて、連日連夜の吹雪だ。それでも全員でおばあちゃんを訪問し、温室にはジェットヒーターをゴウゴウと焚き、外の寒々とした風景に負けずにB B Q を敢行するのであった。しかし、それにしても煙いではないか。グリルから立ち上がる煙は行き先がないからあたりに立ちこめてしまい、温室内の視界はどんどん不良になるのであった。やむをえず換気ファンを回すと今度は寒くて、どうやら企画は失敗のようであった。
温室バーベキューは煙かった
仁菜ちゃんの初ソリ体験
仁菜ちゃんの初ソリ体験

 B B Q に必要な資材を母屋から運ぶのに大型のソリを使い、それが入口にあったのでソリ遊びをすることにした。昔、有巣や仁木とよくソリ遊びをしたねえ、という思い出いっぱいで、これはいわば伝統だから仁菜にもやらせなくてはならない。
 最初は彼女ひとりをソリに乗せて上から滑らせたが、それだとただ寝転がっているだけでおもしろくない。そこで有巣おじさんが運転手を務めることになり、それなら、というのでぼくが思い切り上から押し出した。ソリはかなりの速度で温室入口に向かって滑り、仁菜の両親はわが子の危機よりも自らの安全のために素早く左右に逃げた。ソリはそのまま落下を続け、最後は左側の雪山に激突して停止することになった。
 ほとんど逆さまになった有巣と仁菜の様子がおかしてく、観客は大笑い、すると仁菜は強い抗議の意志をこめて大声で泣き叫ぶのであった。ソリの激突以後、仁菜は有巣おじさんを危険人物と見なすようになり、この日は最後までとうとう許さなかった。
手乗りハシブトガラ

 今年も玄関前には野鳥のためのエサ台を設置しており、連日カラ君たちでにぎわっている。常連はカラの5種類、ハシブトガラ、ヒガラ、ゴジュウガラ、シジュウガラ、ヤマガラの皆さんで、これにシメとかアカゲラとかが時々加わる。
 カラちゃんたちはかわいい。ヒマワリの種をひとつずつつまみ、つつましく食する姿やいとし。最近は手から直接ヒマワリを取るようになって、いよいよ手乗りカラになってきた。写真はハシブトガラがぼくの手に乗っているところ。軽い軽いその体重の重みがいつまでも手に残るあたりが結構ハッピーなのである。
手乗りハシブトガラ
キロロで旧交を温める
キロロで旧交を温める

 いや驚きました。キロロの所有がヤマハから三井不動産に移り、次に日本とタイの合弁会社に移った、というのは聞いていた。その会社の経営陣に旧知の水野誠一氏がいる、というのも文書では知っていた。
 ところがキロロの2 1周年記念の式典に参加してみると、社長の森肇さんは以前西武百貨店にいた人物だし、奥様のルミさんは昔親しくさせていただいた方ではないか。
 写真右は元西武百貨店社長で、元参議院議員の水野誠一さん、その隣が森ルミさん、左端がキロロリゾートの新社長の森肇さん。楽しいひとときでありました。



●2012年9−10月
忙しくも暑い8月に続いて、9月もまたあわただしくかつ暑かった。
あちこち出かけたり、来客が続いたりしているうちにもう10月だ。
雪が遅いとありがたいのだが、さて。
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お祭りの当番だった
お祭りの当番だった

 神社の秋祭りは地域ごとに当番があって、今年はわが「日の出区会」が担当することになった。4年に一回当番が回ってくることになっている。
 当番区会の仕事はあれこれあるが、子供たちを引きつれて神輿をかつぐのが大変。どうしてぼくだけネクタイをしているかというと、「背広」と呼ばれる集金役を担当しているからだ。村民各家を回ってお賽銭をいただくこの仕事はなかなか重要な役割なのである。無茶苦茶暑い9月の第一週、終わる頃にはヘトヘトだった。
ソウル訪問

 所用があって韓国はソウルへ行ってきた。一緒に写っているのは宇土巻子の友人Parkさん夫妻で、一緒に韓国名物の冷麺を食べたあとの記念撮影。しかし冷麺はもともと北朝鮮の食べ物なんだそうだ。
 ソウルの観光地はどこも日本人であふれていた。円高だから海外旅行が楽なのかな。
 お土産に団扇( うちわ) をいくつか買った。韓国の団扇はとても良くできているし、デザインもいい。
 ソウル散策はiPhoneが通じるので、迷子になる心配がない。
ソウル訪問
虹が好き
虹が好き

 今年はカミナリの多い年だけど、夕方に雷雨があって雲の切れ間から夕陽が差すような日には決まって虹が建物の上に浮かぶ。
 あわててカメラを持って外に出るのだが、なかなかいい写真を撮るのはむずかしい。この写真のように裏に青空があると虹が引き立たないのですね。以前に一度だけ見事な虹の光景を撮影できたのだが、そのポジフィルムが見あたらなくなってしまった。
 虹写真の撮影は個人的な懸案の課題なのです。
「川の学校」へ行く

 1 0月の初旬、野田知佑主宰の「川の学校」へ行ってきた。別名「川ガキ教室」というこの学校はすっかり有名になって、テレビや雑誌によく登場する。元気な子供たちを愛する野田さんの方針は、ひたすら子供たちを川で遊ばせることにあって、水に飛び込む子供たちを嬉しそうに眺めるのである。
 最初の数回に参加してから久しぶりになるのだが、今回は吉野川の支流の鮎喰川に行ってきた。写真は夜、テントの中で北海道のお話しをしているところ。
「川の学校」へ行く
スカイツリーと東京タワー
スカイツリーと東京タワー

 赤井川村村議会の「研修旅行」で東京へ行き、スカイツリーに上ってきた。こんなことでもないと行かない所だからまあいいか、と思ったのだが、やっぱりやめればよかった。だって全国津々浦々からすごい数の人が押し寄せて、それを係員が機械的にさばいて、まあ観光というのはそういうものなのだろうけど、それに参加している自分がなんだか情けないのである。展望台に上って、人混みを半周してすぐに降りてきてしまった。上の写真の8人が議員なのだが、この後浅草へ行き、国会を見物し、宴会をやって、ようやく解散。
 翌日、今度は東京タワーに行った。東京電波塔株式会社の社長(つまり東京タワーの持ち主ね) 、前田伸氏に会うのが目的だ。前田さんとは一緒にニュージーランドを旅行したり、ウランバートルのホテルで偶然会ったり、同じ経営のマザー牧場で仕事をしたりの間柄なのだが、このところしばらくお会いしてなかった。旧交を温める、という訪問だった。
 しかし東京タワーはいいなあ。タワーが完成したのはぼくが小学生の頃で、何回か学校の行事で登ったことがある。東京暮らしではいつも風景に東京タワーがあったし、昭和の風景にはなくてはならないものなのだと思う。そんなノスタルジックなタワーに久しぶりに上って、前田さんから展望を解説してもらい、名物を色々とごちそうになり、最後は歩いて地上まで下った。マラソンに目覚めた前田さんのエクササイズ提案だったが、翌日足が痛かった。それはともかく、皆さん、スカイツリーはやめて今こそ東京タワーに行きましょう。



●2012年8月
とうとう8月、夏の盛りに突入だ。北海道でもそれなりに暑い日がある。
ドロームのキャンプ場は家族づれで大にぎわい、イベントも多い。
久しぶりの「五人組」集合で四万十川に行ったけど、いや暑かった。
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宮川一家来訪
宮川一家来訪

 毎年夏になると宮川くんが蝶々採りに来るが、今年は家族で来訪。それでは、というので得意のバーベキューで出迎えた。写真はBBQが終わってサクランボとメロンのデザート段階に入ったところ。みんな満腹、満足の様子。
 ワン公たちの部屋から出た前庭にはサトウカエデの木があって、ずっと以前にひとりで運んで植えた苗木がいまや大木に育っている。その木の作る木陰が大きくて、強い夏の日差しの中でもこうしてくつろぐことができる。カエデは偉大だ。
「カルデラ祭り」なのである

 毎年8月最初の週末に赤井川村の「カルデラ祭り」が開催される。村の農産物を広めようというお祭りで、近隣から多くの人たちがやってくる。今年はぼくの住む地区の人たちが自家製の野菜などを陳列して即売をやり、結構な売り上げになったみたいだ。地区の活動なのでお手伝いに参加した。
 ぼくはお祭りの実行委員会、副委員長なので「閉会の辞」をやることになっている。ところが、終了の挨拶なんか誰も聞かないので、挨拶終了後に「モチまき」をやる作戦だ。モチを拾おうという人たちを待機させておいてすかさず閉会の挨拶をやるのである。
「カルデラ祭り」なのである
北海道新聞の「エコ・キャンプ」開催
北海道新聞の「エコ・キャンプ」開催

 北海道新聞と共催の「親子エコ・キャンプ」も今年で4年目になった。ドロームのキャンプ場が会場だ。結構人気のキャンプで毎年定員以上の応募があるらしい。ぼくは自然一般と魚釣りを担当するのだが、ホームグランドなので、あたりの生き物に詳しい。この日も授業開始前にミヤマクワガタを見つけて、写真はそれを紹介しているところ。
 このキャンプの校長先生は仲間のひとり、小川巌さんで、最近は彼が主宰する「エコ・ネットワーク」が全体をとり仕切っている。昆虫学者、北大の稲荷さんの話がいつも楽しい。
四国で「イカダ釣り」をやった

 四万十川のイベントの前に釣りをやることになった。夢枕獏さん、林家彦いちさんと羽田で合流して、高知空港。元小学館編集長の黒笹さんが出迎えてくれて、彼の案内で高知のどこかの海へ。そこから船に乗って入江の奥にあるイカダに上がる。釣り専用の大きなイカダで、屋根つきトイレつきで立派なものだ。
 さて、イカダにはイカダ専用の釣り方があり、道具からして違う。主な狙いはチヌことクロダイで、エサのエビをこませの団子で包むという特殊ぶりだ。名人のじいさんの隣に座ったので大変勉強になりました。写真は右から獏さん、黒笹さん、彦いちさん。
四国で「イカダ釣り」をやった
「白髪五人男」のそろいぶみ
「白髪五人男」のそろいぶみ

 もう2 0年も前のことになるが、ある居酒屋で盃を交わした五人が、その場の勢いで「五人組」を結成して一緒に遊ぶことになった。ハシ袋の裏に血判状を認めて、以来あちこちへみんなで出かけて遊んでいる。その五人組のイベントが今年は四万十川であった。最初の日はカヌーで川下りをし、翌日にホテルの会場で座談会のようなことをした。
 写真左から辰野勇( モンベル会長)、夢枕獏(作家)、野田知佑(作家)、ぼく、佐藤秀明(写真家)。前の傘は10年ほど前に雑誌の企画で「白波五人男」をやった時のもの。
高知はうまい!

 昨年の大雪山集合の時は佐藤さんがいなかったので、五人が揃うのは久しぶりのことだ。旧交を温めつつ3日間、毎日宴会の日々であった。モンベルの辰野さんとその旧友のホテル支配人が色々と段取りしてくれたおかげだ。四万十川方面に行く人はぜひ「新ロイヤルホテル四万十」をご利用下さい。支配人を始めとしてスタッフがみな誰も感じがいい。
 それにしても「カツオのたたき」は旨いなあ。最近は塩で食するのが主流なんだそうだが、実においしかった。カツオは偉大な魚だ!
高知はうまい!



●2012年7月
 季節はどんどん進んでいよいよ7月に突入、あわただしくもにぎやかに毎日が過ぎていく。
 ニュースはファミリー関連に終始して申し訳ないのだけれど、最近あまり遠出をしないのでどうしてもこういうことになるのですね。そのファミリーニュースで最大のものが仁木君の結婚パーティで、下記のような展開でひとまず成功裏に終了したのでありました。
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仁木君、あすみさん、おめでとう!
仁木君、あすみさん、おめでとう!

 「ジューンブライド」という言葉があって、6月に結婚した花嫁は幸せになれるのだそうだ。その因みにならったのかどうか、仁木君とあすみさんが6月の初旬に結婚披露のパーティを開いた。もっとも結婚そのものはもうずっと前のことだしすでに子供もいるのだけれど、遅ればせのお披露目のパーティということらしい。会場はホテルドロームのテラス、川沿いの屋外だから、万一雨が降ったらどうしよう、と前日までやきもき心配した。予報に反して当日は穏やかでうららの天気、いかにも野外パーティ日和だった。ドロームが会場なので、なんだかパーティの主催者のような気分になって、会場や料理の準備などにずいぶん気を使った。料理の方は幸いにも札幌の名門「豊平館」の杉山さんが引き受けてくれて、こちらはひと安心、素敵な料理が次々登場して大いに結構であった。当日の参加者はふたりの友人や同僚や先輩が中心で、いきおいお医者さんの比率がすごく高かった。わが家からは長男有巣が司会者として、母親は95歳の最年長として、アンとギンも蝶ネクタイをして参加したのであった。特別な余興はなかったが、仁木とラ・サール時代の同級生4人のコーラスが素晴らしかった。歌は下手だけど4人の友情が伝わって、ぼくにはとりわけ感動的に聞こえた。大勢の人に祝福してもらって、仁木夫妻の幸せな門出でありました。本人たちに成り代わりまして御礼申し上げます。
本年度ツタの様子(写真提供「日刊スポーツ」)
本年度ツタの様子
(写真提供「日刊スポーツ」)

 本部建物のレンガ壁にはツタがその枝葉を広げていて、毎年少しづつ成長している。建物の背面は表より1層高くなっているのだが、そちらの面はツタが見事に壁面全体を覆っている。ところが、表面の基礎部分は石造りになっていて、これが冬季にものすごく冷たくなるようだ。つまり、表面はツタにはあまりいい環境ではないらしいのである。ツタは日本でいう「ナツヅタ」、英名は「ボストン・アイビー」なのだが、表面の一部に緊急に「バージニア・クリープ」を補植した。不思議なことにボストンよりバージニアが寒さに強いというのだ。しかし、このバージニアは葉が大きくてみやみと野性的で、どうもいまひとつなのである。そこで思い切ってこれを処分することにした。写真にあるツタのすき間はそいう事情で生まれたもので、これが埋まるにはまだ数年かかりそうだ。
オオイチモンジの訪問
オオイチモンジの訪問

 蝶が好きな人に言えば必ず「そりゃすごい!」と反応してもらえると思うのだが、オオイチモンジなる希少種の蝶が今年もわが家にやってきた。事務所のバースで宇土巻子が大声を上げるので何事かと思ったら、窓の網戸の向こうにこのオオイチモンジがとまっているではないか。写真はその時のもので、彼女が指指しているのが問題の蝶だ。オオイチモンジはタテハ蝶の仲間だが、名前のとおり割合大型で、表面は黒に白のストライプ、オレンジや青が縁取りにある。裏面も見事でオレンジや白で複雑な模様を作っている。
 昨年は温室に入ったのを網で採ったし、大雪山ではこれが乱舞しているのを目撃した。希少種で、長野県では県の天然記念物になっているが、いるところにはいるのである。ともかく嬉しい蝶の訪問であった。どうですか宮川くん、すごいでしょ。
初めての3人組ヨット
初めての3人組ヨット

 有巣が北海道に帰ってきて、札幌の病院に勤務しているので、これで全員が札幌・後志圏内の近隣に暮らすことになった。ところがそれぞれに勤務の事情などがあって、なかなか全員が揃うことができない。そんな情勢の中でふと男3人がOKな休日があったので、ヨットに乗ることにした。有巣が釣りを希望したので、沖に出てあわよくばヒラメなど釣ってやろうと準備をした。ところが、誰の心がけが悪いのか知らないが、当日はかなりの強風が吹き、波も大きかった。それでもがんばって出航したのだが、とてもセールを出すところまでいかず、エンジンで近場を一周して帰ってきてしまった。
 それが7月の1日のことだったのだが、その前の週には有巣とふたりでクルーズし、翌週の7月8日には仁木一家に宇土巻子まで加わったファミリークルーズを敢行したのであった。どちらもいい風で、楽しいクルーズであった。ぼくは日曜日に3週連続でヨットに乗っていることになる。
カンバンが勢揃い
カンバンが勢揃い

 道路沿いの建物をいま流行の「カフェ」に改造して、7月1日に正式オープンした。冬の「失業対策事業」で始めたカフェ工事だったが、本当に営業にまできてしまった。ここまできたら後に引けないから、しっかり商売をしなくてはいけない。そのためにはお客さんに来てもらうことが第一で、そのためには存在をアッピールしなくてはならない。
 ということで始めたカンバン作り、割合本気で取り組んだのであった。写真左上はぼくの労作で、カツラの一枚板横60センチ、縦45センチを楕円に加工して、彫刻ノミで文字や絵柄を彫ったものだ。写真では伝わらないが、ブルーの塗装がちょっとおしゃれ。その隣はカフェの名物マフィンのカンバン。文字はカッティングシートだが、マフィンの絵は不肖私が描いたもの。下左の大カンバンはヨットの先生、木田さんの作品、下右は赤井川観光協会で作った村のロゴ・カンバンだ。これだけカンバンがあればカフェの商売繁盛は間違いないのである。
直売所の季節である
直売所の季節である

 アリス・ファームのある赤井川村日の出地区では、「直売所通り」という企画で農業振興をやろう、ということが決まった。最初はアリス・ファームの敷地内で共同の売店を運営する企画だったのだが、諸事情によってそれぞれの農家が独自に直売所をやることになった。道路沿いに農家のお店が並んで、「直売所通り」というわけだ。アリス・ファームでも独自に直売所を作って企画に参加することにした。お店作りに登場したのが、昨年までドロームで子供たちを乗せていたトラクターとカートだ。カートの座席を取って鉄骨で骨を作り、テント屋さんに写真のような幌を作ってもらった。これで「直売ワゴン」の完成だ。このワゴンで自家製野菜、近隣農家の野菜などを販売することなっている。ワゴンセールの始まりだ。



●2012年6月
 ようやく北海道も春になった。その春先に「日本海クルーズ」に参加してしまったので、いつもの作業が後手に回り、なんだか季節に追いかけられているような毎日だ。とはいえ、写真を見るとどれも遊んでいるものばかり。すいません。
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新しい伝統
新しい伝統

 北海道はバーベキューが盛んで、夏になるとあちこちで焼き肉パーティをやっている。わが家にも焼肉用の大型コンロがあり、羊丸ごと一頭焼く装置も用意してある。こういう北海道の焼肉も悪くはないのだが、そろそろ独自の路線を行こうか、と相談して「洋式バーベキュー」を始めることにした。イメージどおりのグリルを購入し、メニュ会議などもやり、まだ外に雪が残る5月に温室で第一回目を開催した。これが大成功。秀逸なラムチョップを知り、ハンバーガーの本質を発見し、画期的な一日だった。いよいよ新しい伝統、「温室バーベキュー」の始まりである。
日本海クルーズ

 小樽マリーナに所属する皆さんに誘われて、日本海を南下、韓国を往復するクルーズに参加してきた。艇長は石川さん、アドバイザーは木田さん、クルーは駒井さんとぼく、という4名の構成だ。インストラクターの木田さんの門下生一行、ということになる。目的はヨットによる航行、つまりクルージングそのものなのだが、艇長たる石川さんはひたすら「訓練」の人だから、結局「訓練航海」なのであった。ひとりぼくだけのんびり読書などさせてもらって、申し訳ないことをした。スケジュールの都合で博多でヨットを降り、飛行機で帰ってきた。
日本海クルーズ
日本海のブリ
日本海のブリ

 ヨットの後ろから疑似餌を流す「トローリング」をやったら、ブリが釣れた。ブリは出世魚で名前がいっぱいあり、イナダ、ハマチ、ブリという風に大きくなるらしい。人はそれをイナダというだろうが、釣ったぼくからすればこれはまぎれもないブリなのである。用意した出刃包丁を使って3枚に降ろし、フリーザーで締めてみんなで食べたが、どちらかというと翌日の方がおいしかった。能登半島沖での収穫だが、この後船は揺れに揺れ、バウキャビンで寝ていると体がそのまま10センチぐらいは空中に浮くのである。それでも船酔いしない自分を発見した。
単独航海70歳

 佐渡の小木港で会ったのは日本一周中の武田治郎さん、70歳だ。岡山からスタートして日本海を北上中だと聞いた。ひかえめな人であまり多くを語らないのだが、ずっと前にヨットで世界を一周する航海をしたことがあるそうだ。マゼラン海峡を航行した時の話などは迫力があった。今はリタイアして悠々自適、のんびりとクルーズを楽しんでいる様子だった。
 話を伺って、内心密かに「これだな!」と思った。ぼくにあったクルーズはきっと単独行なのだと思う。そのための技量を習得することが当面の課題。
単独航海70歳
仁菜の木を植樹
仁菜の木を植樹

 仁木の所に赤ちゃんが誕生して半年ほどになる。記念になにか木を植えたらどうか、ということになって苗木を探した。といってもいつもお世話になる苗木屋さんに聞いただけだが、結局キタコブシの木に決定した。チシマザクラ、クラブアップルなども候補にしたが、北国らしいコブシの木を選んだ。
 春早くに咲くコブシの花はなかなか魅力的で、近くに寄ると花が10センチを越える大きさであることが分かる。写真の左、リボンのあるのがコブシの苗木。ちなみに英語名はマグノリア。
 ギンちゃんも祝福に駆けつけた。



●2012年4月
 ようやく4月になったのに、なんだか一向に春めいた気候にならない。まだ結構寒いし、いつもなら帰っているはずの鳥たちの姿も見えず、いささか寂しい気分で始まった4月である。
 とはいえ、天気がいい日は多くなり、雪上散歩はいまだけの特権だからその贅沢を楽しまなくてはいけない。双眼鏡片手に毎朝遠出をしている。もうすぐゴールデン・ウィークだ。
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日本海のマス釣り1 日本海のマス釣り2
日本海のマス釣り

 3月の最後の週、夢枕獏さんと林家彦いちの両氏が来て、一緒に釣りをした。去年の夏に大雪に行ったときに約束したサクラマス釣りだ。荒れる冬の日本海に漕ぎ出して果敢に挑んだのだが、釣果はいまひとつであった。サクラマス釣りに出たのだから、いくらホッケがたくさん釣れてもあまり嬉しくはないのである。大雪のフライフィッシングも今回のサクラマスも釣り雑誌『フィッシング・カフェ』の企画であり、編集長の遠藤昇さんのディレクションで実現したものだ。その『フィッシング・カフェ』の今月号にぼくの記事があるので、よかったら見て下さい。巻頭グラビア、堂々の10ページなのであります。
 写真左は積丹沖で彦いちさんとツーショット、右は小樽のマリーナで、おふたりをぼくのヨットに案内した時のもの。
「いまさら」カフェを作る
「いまさら」カフェを作る

 アリス・ファーム前の道路にトンネルが開通し、車の流れが変わりそうだ。ということで、以前やっていた製品販売店を「カフェ」として再改装することにした。いまはやりの「カフェ」である。昔はカントリーライフというと、男は家具づくり、女は機織りあたりだったのだが、最近はそれがパン屋とかカフェになっているらしい。全国津々浦々カフェだらけなのになにをいまさらという声もあったのだが、冬の間ヒマだったこともあって、いわば失対事業的工事であった。ホテル・ドロームに次いでふたつ目のカフェだが、ブルーベリー園の一角にあるここの目玉は評判の「ブルーベリーマフィン」、ぜひご来店を!
木下さん、ありがとう!

 カフェの入口ドアを作ってくれたのは、「恵泉ノア製作所」の木下さんたちだ。写真中央が木下さん、左右はそのスタッフのおふたり。安い費用でとても素敵なドアを作ってくれた皆さんに心から感謝。
 木下さんたちは「恵泉グループ」というキリスト教団に所属していて、余市町の山際に集落を作って暮らしている。ということをおぼろげに知るだけで、その目指すところについて詳細は分からない。
 木下さんは、鳥見仲間で仁木町に住む鈴木薫さんの実弟で、御尊父はたしか北大の名誉教授だったはずだ。経歴その他について大変興味深いのだが、いずれゆっくりお話しを伺うことにしよう。
 木下さん、皆さん、ご苦労さまでした。
木下さん、ありがとう!
羊蹄山はいつも見事
羊蹄山はいつも見事

 わが赤井川村から倶知安に抜ける国道が開通したこと、次男仁木が倶知安の病院に勤務していることなどあって、最近しばしばこの道を通る。ホテル・ドロームから上り始めた道は頂上で「樺立トンネル」になり、これを抜けると倶知安町に入る。そのまま少し下ると眺望が開けて、正面に見事な景観が広がる。右にニセコ山塊、左に羊蹄山がどちらも堂々とそびえている。ふたつの山波を両手に花状態で車を進めると、やがて平坦な農業地帯に至るのだが、ここまで来ると山々は見上げる高さになる。それにしても羊蹄山の見事さよ。独立峰というのはどこもそうだが、雄々しく気高く自尊心に満ちている。栄えあるわが「マッカリヌプリ」なのである。
お帰り、有巣くん!

 4月の初旬に久しぶりに全員集合をやった。長男有巣がいよいよ北海道に帰ってきて、札幌の手稲啓仁会病院に勤務することになった。琉球大学に6年、沖縄中部病院に2年の計8年間を沖縄で過ごしてのようやくの帰還だ。全員が北海道に住むことになったので、これからは集合がしやすくなる。その第一回目、というわけ。
 おりしも次男仁木くんの誕生日も重なって、なんだかとても目出度い4月のひと夜であった。有巣、仁木、それぞれに夢があり計画があるようで、話を聞くのがたのしかった。記念撮影をしたら、ワン公を除く全員がしっかりカメラ目線で撮影成功。
お帰り、有巣くん!



●2012年3月
 いつもながら長い冬である。冬にも雪にも慣れているはずだが、毎年2月頃になるとなんだか冬に飽きてくる。特に冬がイヤだ、とは思わないが、それにしてもちょっと長すぎる気がする。いまさらこんなこと言ったって仕方ないのだが、もう少し短ければもう少し冬を愛せるのではないかと思う。
 今年はまた雪が多い。1月がすごくて、2月に入るとやや納まった印象だ。というのはぼくの住む場所での印象で、近年にない大雪、という地域もあるらしい。もう少し短く、もう少し穏やかに、と一応冬に向かって要望しておこう。
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たまにはこういう日もある
たまにはこういう日もある

 冬まっただ中の2月なのに、唐突に天気のいい日がやってきて、朝の散歩でいきなり羊蹄山と対面したりする。村は雲海の下に沈んでいるから、なんだか一人で羊蹄と向き合っているように感じる。ただし、こういう日はとても寒い日であって、気温も零下2 0℃前後になっている。いつまでも羊蹄を眺めていたいぼくに、犬たちが早く家に戻ろうとせっつく。普通は逆だと思うんだけど。
 写真の中央を横断しているのは、育成中のカエデ並木だ。ギンカエデは生育が早いから、もう何年かするとこの並木が工場の建物をさえぎるようになるだろう。楽しみなことだ。
札幌モーターショーに行ってきた

 北海道で初めてだというモーターショーに行ってきた。ずっと以前に東京のモーターショーに行ったことがあって、同じようななものだと思っていたら、全然規模が小さくてかなり寂しいものだった。
 車が少ない、キャンペーンガールが少ない、でも観客は多い、という札幌ドームなのである。いくつか見たい車種があって参上したのだが、ことごとく出展してなかった。レンジローバー、ポルシェカイエン、ベンツEタイプワゴン、レクサスLS 、ベントレーコンチネンタル・・・・・いつか手に入れよう!という車がことごとくないのである。どうせ北海 道じゃ売れないよ、というディーラーの姿勢が露わな会場であった。見たい車がなく人ばかり多いから、30分で帰ってきてしまった。わざわざいったのに。
札幌モーターショーに行ってきた
村の悲願、冷水トンネル開通!
村の悲願、冷水トンネル開通!

 赤井川村と余市町を結ぶ道道(北海道の道ね)は冷水峠という難所を越える必要があった。この峠はカルデラ村を見渡す大変展望のいい場所なのだが、冬になるとカーブの多い雪道になって、交通事故が多発する地帯でもある。トンネルで下をくぐることができたら、というのがずっと昔からの村民の希望だった。アリス・ファームは以前、この峠の一帯を本拠地にしていたのだが、村側に移住してみるとやはり峠は難所だと実感するようになった。それがいよいよトンネルの開通である。写真は開通式で、ずらりと並んだ のは村長と村議会議員(タハ!)
ドロームも大雪に埋もれて・・・・・

 今年は雪が多くて建物の管理が大変だ。雪というのは積もると非常な重量物になり、建物を押しつぶすこともある。しばらく前にアリス・ファームの大倉庫が倒壊して、中にあった貴重品が全部押しつぶされてしまった。日本に一台というボルボの古い車など、今になってもまだ悔しく思う。そういうことがないようにあちこち建物を見て回わり、必要に応じて屋根の雪を降ろす。アリス・ファームには常勤のキン肉マンがいるので、これは主として彼の仕事なのだが、問題は見回りが十分ではない、という点にある。
 3月に入って雪もそろそろ峠を越えたか、と思った途端にキャンプ場の炊事場倒壊のニュースである。ホテル入り口にあるロボット君が危険かと思っていたら、思わぬところで雪の被害が発生した。がっかりの3月3日ひな祭りであった。
ドロームも大雪に埋もれて・・・・・
吹雪の日だってちゃんと散歩
吹雪の日だってちゃんと散歩

 雨が降ろうが吹雪だろうがワン公たちとの散歩は必ずやることになっている。朝昼夕、そして寝る前、この一日4回を欠かしたことがない。と威張るほどのことでもなくて、彼らにとっては楽しみの日課だしトイレタイムでもあるから、吹雪だからパス、という具合にはいかないのである。
 ところが、深く雪が積もった朝などは散歩といってもなんだか形式的なものになってくる。犬たちは率先してラッセルをし、先を歩くことをしないのだ。膝を越えるような積雪だとぼくが頑張って先頭を歩き、後ろからワン公たちがしぶしぶついてくる、という変なことになる。ふり向くと写真のようにふたりは止まり、「だるまさんが転んだ」状態なのである。



●2012年2月
 早いもので年が明けたと思ったらもう2月だ。
 今年の冬は結構厳しい寒さで、ニュースなどでご承知のように気温は低いし積雪も多い。毎日雪かきに追われていると、ふと自分がなにをしてるのか分からなくなって、そもそも頼りない人生がますます頼りなく、視界不良でぼんやりしてしまうのである。いっそどこか暖かい国に行ってしまいたい気分である。
 とはいえ、どちらかというと暑いよりも寒い方を選びたい自分であり、南国も行けば三日で飽きるような気がする。だからここはひとつ我慢してやがてくる春を待とう、と結局はいつもの平凡な結論に至るのである。
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エサ台にぎわう
エサ台にぎわう

 玄関脇のエサ台には晩秋からずっと毎日カラちゃんたちがきている。カラ類5種。ハシブトガラ、ヤマガラ、シジュウガラ、ヒガラ、そしてゴジュウガラだ。このうちゴジュウガラだけは科が違うらしいが、ひとまずカラの仲間といっていいだろう。
 写真の一番上がヤマガラ、その下がシジュウガラ、左下にいるのがハシブトガラだ。このカラ類に混じって時々アカゲラというキツツキが加わり、ごくまれにヤマゲラもくる。歓迎してないのにくるのが、スズメでありカケスでありシメである。スズメはともかく、カケスもシメも見るからにギャングの風情だ。
冬のヨット

 北海道では普通、冬期間はヨットに乗らない。もちろん乗って乗れないことはないのだが、寒いばかりでまるで楽しくない。しかし中にはことさらにこの寒さと厳しさを愛するような特異な人もいて、係留場所でご近所のIさんなどは冬でも雄々しく外海に向かっている。一緒にどうですか、と誘われたが、聞こえないフリして逃げた。軟弱。
 わが愛艇リベルタ号は係留されたまま静かに眠っている。デッキのために専用のシートを作ってもらい、全体が覆われている。上に乗った雪を時々降ろしにいくのだが、あまり積もってないように見えても、雪を降ろすと喫水がぐっと上がる。3月になったら海に出よう。
冬のヨット
積雪が背丈になった
積雪が背丈になった

 村の道からわが家に至る200メートルほどの私道は自分で除雪をしなくてはならない。自分の思うような除雪ができる、とも言える。というのは道路の除雪は使う機械によって仕上がり違うのだ。業者 は通常前にバケツのついた大型機械を使うが、これだと雪を押しのけることになり、決して仕上がりがきれいではない。道路の除雪に仕上がり云々というのもなんだが、トラクターにつけたブロアーなら、路側が垂直になり、両側をやると廊下のようになるのだ。ぼくはこの雪の廊下が好きで、それが背丈を越えるとなんだかとても嬉しくなるのである。
新年会・札幌の部

 札幌、東京、小樽、赤井川村とあちこちに友人がいるのだが、最近ではもう新しい人とつきあうのも面倒になってきていて、それぞれに5人組だの4人組だのとメンバーを固定して遊ぶのが快適になっている。
 さて札幌のメンバーはというと、ここに揃った4人組である。左から写真家の嶋田忠さん、酪農学園大教授の小川巌さん、一番手前は北海道新聞社常務の岡田実さんである。錚々たるメンバーに加わらせてもらっているのだが、ともかく話がおもしろい。一応「自然派」というくくりになるのだろうが、現場の体験とインテリジェンスとの振幅がとても刺激的。
新年会・札幌の部
歩道も廊下になってきた
歩道も廊下になってきた

 建物の正面玄関から外にでる歩道は、普段はあまり使わない。だから冬の間そのまま放置しておいてもいいのだが、ワン公たちとの散歩道として楽しいので小型ブロアーで除雪をしている。玄関からずっと長い廊下ができるのが視覚的にもおもしろい。
 朝、気温が低いと犬たちも足が冷たくて不機嫌になる。マイナス15℃が彼らの限界らしいのだが、今年はすでにマイナス20℃を3回越えている。犬用の靴を用意したのだが、慣れていないので、靴を履くとアンちゃんはうまく歩けない。写真のギンは若い分だけ寒さに強く、ひとまず元気にやっている。



●2011年12月
 暖冬気味の1 1月だったが、さすがに12月に入ると冬らしくなり、毎日雪が舞っている。気温も割合高めだが、それでもマイナス15℃を越える日もあって、外に出てドキリとする。
 最近の最大のニュースは次男仁木君のところに赤ちゃんが産まれたことで、とうとうぼくもおじいさん。年貢の納め時なのである。仁木は近くに住んでいるので、このところよく行き来をしている。
 ※今号より写真をクリックで拡大できます。
「仁菜」ちゃん誕生
「仁菜」ちゃん誕生

 仁木が勤務する倶知安の病院から母子が退院すると、奥さんのお母さんが手伝いに来てくれた。こういうのはやはり女性軍の担当事項であって、ぼくなどは写真を撮るぐらいしかやることがない。もっとも仁木は結構マメで、なにやかやと赤ちゃんの面倒を見ているから驚きだ。仁木もついこの前まで子供だったのにすでにしてお父さんなのだから、いや月日の経つのは早い。
 写真は赤ちゃんが産まれて1週間後に仁木宅を訪問した時のもの。未熟児ではないが、かなり小さく産まれた赤ちゃんは「仁菜」と名付けられた。両親からひと文字づつ取った名前らしい。なにはともあれめでたいことである。
カッコー時計

 赤ちゃん誕生を祝って贈り物をしようと思ったが、なにを選ぶか考えどころだった。最後にたどり着いたのがこのような「カッコー時計」で、日本では普通「ハト時計」と呼ばれているものだ。ずっと以前にドイツを旅した時にシュバルツバルトこと「黒い森」地方で初めて本物を見た。日本でいうハト時計はドイツのカッコー時計を勝手にアレンジ、翻訳したものだと知った。
 ゼンマイではなく、ましてや電池ではなく、吊り下げられた錘の力で機械が動く、というのが興味深い。木部は手仕事でひとつずつ彫り上げられてなかなか精巧な作りになっており、時間ごとに窓からカッコーが飛び出して鳴き、オルゴールとともに人形がダンスをしたり働いたりするしかけである。ドイツで見たような超高級品は届かなかったが、きっと赤ちゃんの人生分ぐらいは時を刻んでくれるだろう。
カッコー時計
雪が続く
雪が続く

 12月に入ると急に寒くなり、雪の日が多くなった。暖冬だのいや通年並みだのと言いあっているうちに、結局いつもと同じ冬になっていくからおかしい。
 ホテル・ドローム周辺にはトドマツの木が多いが、いずれも雪をかぶって重そうにしている。葉を落として冬を越すいささかずるいカラマツは日本の信州方面から来た木である。その点わが北海道のトドマツは偉い。舞い降りる雪を受けとめつつすっくとたち続けるその姿やよし、態度が立派でいさぎよいではないか。
 写真は12月上旬、その後雪はどんどん積もり続け、いまでは道の両側に1メートル以上の壁ができている。
久しぶりの東京

 年々東京へ行く回数が減っている。以前は毎月必ず上京する習慣だったのだが、いま思うと一体どこでなにをしていたのかよく分からない。というのはちょっとウソで、アリス・ファームのお店があったのだから、まあなにかビジネスらしいことをしていたのだろう。おもしろかったのは西武百貨店がぼくを主人公にしたブランド「アーサーズ・ビーイング」というのを立ち上げた頃で、様々な人たちと出会い、一緒に仕事をした。
 そのひとりが写真の小石原で、麻布にある彼の豪邸によく遊びに行ったものだ。12月の中旬、久々に小石原家を訪問して懐かしい一日を過ごした。お嬢ちゃんふたりもすっかり大きくなって、明るく楽しい家庭であった。左端は小石原のお母さん、そのずっと奥におとぼけワンちゃんが寝てる。
久しぶりの東京
クリスマスの全員集合
クリスマスの全員集合

 毎年、大晦日から新年にかけて「全員集合」をやっていたのだが、有巣や仁木が仕事をするようになって、今年はそれがむずかしい情勢だった。有巣はどのみち帰省不可能だが、それ以外ではクリスマスあたりの連休が集まれる唯一の日程だと判明。カトリック信者の母親はクリスマス日程が混んでいたが、無理を言ってホームから連れ出した。
 そういう調整をしてようやく集まったのがこの写真なのだが、こんな家族内事情など細々述べて申し訳ない。来客が見たくもないアルバムを見せられるようなホームページになりつつあるのだろうか。いや申し訳ない。各種忘年会が5回あってそれなりにおもしろかったのだが、いずれも写真を撮り忘れてしまった。
大晦日の過ごし方、神社当番の年

 赤井川村には神社があって、この運営は各区会(町内会のようなもの)が交代で担当することになっている。今年はぼくたちの区会をふくむ3区会の担当で、だから大晦日とか節分とか秋祭りとかを受け持たなくてはならない。「祭典副委員長」のぼくは大晦日の一日ずっと神社に詰めることになった。
 朝はみんなで建物の雪おろしをやり、午後は祭典用の飾り付けなどを担当し、夜は儀式やお参りの人の応対が仕事だ。写真は2012年を迎えたまさにその時で、こういう平均年齢の高い役員の皆様なのである。神社でお清めしてもらったので、今年はきっといい年になるだろう。
大晦日の過ごし方、神社当番の年



●2011年11月
 今年はいつまでも暖かな日が続いてちょっと奇妙な晩秋だった。
 いつもなら10月末には雪が舞い、早い年だと11月初旬に根雪になることもあるのに、この緩い空気は一体どうしたことでしょう。気候が変だとすぐに「温暖化の影響」と思ってしまうが、今年の暖かな晩秋はもう少し短期的なことだそうだ。
 とはいえ、結局は雪に閉ざされた冬になることは間違いなく、ゆるゆると冬への準備を進める今日この頃であります。
ヨット上より
三人の先生

 暖かな1 1月をいいことに、毎週のようにクルーズに出た。一人だと心細いので、毎回ヨットスクールの木田先生を誘い、指導をあおいでいる。写真右が木田さんだが、温厚にして控えめな大変優雅な人物である。
 写真の後ろで舵を取っているのは、教室の同級生で精神科医の松実先生だ。その前で目をつぶっているのが我家の次男仁木君で、彼も精神科医。つまり先生三人と同乗している。
 来春には長男有巣も北海道に帰ってくるので、彼も誘うことにしよう。
泊原発 廃炉訴訟の集会
11月13日

 福島の大事故を経験した以上この恐ろしい原発から脱却するのが当然だと思うのだが、どっこい原子力マフィアは首をすくめてほとぼりが冷めるのを待っている。政・財・官・学の原子力村は強力なのだ。
 北海道も知事を筆頭に原発推進に向いており、なんとかそれを阻止したい。という人々が団体で起こしたのが泊原発の廃炉訴訟で、北大の小野先生や市川弁護士が中心になっている。この日は池澤夏樹さんの講演があり、ぼくは4分間スピーチで参加した。ストップ泊!
除雪作業反原発集会
雪の中のベンチ
遅い初雪 11月15日

 今年はいつまでたっても雪が降らなかった。特段降ってもらいたいわけではないのだが、降らないと落ち着かない、という妙な気分。その初雪が1 5日になってようやくやってきた。不思議なもので、あたり一面真っ白になるとちょっと落ち着く。
 さて今年はどんな冬になるだろう。積雪の量とその下で活動するエゾヤチネズミの動向が二大関心事だが、ネズミの方はどうも怪しい気配だ。前回の大発生からそろそろ1 0年だから、危険な時期かも知れない。
冬に向かって機械整備

 春と秋は機械整備の季節でもあって、夏の間に使った機械類を整備して格納し、反対に冬に使う機械を倉庫から出して点検整備をしなくてはならない。
 アリス・ファームにはトラクターが大小4台、ユンボやタイヤシャベルなどの建設機械類、芝刈り機類、あるいは歩行式の除雪機や耕耘機などの小型類も多くあって、機械倉庫はぎっしりだ。
 機械というのは買うのは簡単だが、絶えず整備を要求するものでもある。後手に回る整備にいつも追われている気分だ。写真は11月2 3日、フォードトラクターのオイル交換の様子。
 



●2011年10月
 北海道の秋は9・10月の2ヶ月、11月はもう冬に数えなくてはならない。
 10月になると朝晩はぐっと寒くなって、遠くの山には雪が乗り始める。朝の散歩の時にはダウンを着こみ、吐く息が白く見える。それでもお天気の日にはポカポカすることもあって、ちょっと得した気分になったりする。
藤門肖像
屋根のペンキ塗り
屋根を塗る

 北海道の建物の屋根は圧倒的にトタン葺きで、寒いし雪が乗るからそれ以外の素材はちょっと考えられない。昔は「四つ切り」という手法でトタンが固定されていたが、最近は長尺ものが主流だ。内地的な目からすればトタンの屋根は味気なくも思うが、北海道ではこれ以外の選択肢はほとんどない。
 欠点は表面が痛むことで、何年かごとに塗装が必要になる。写真の建物はもうずいぶん長い間手入れをしておらず、同じ黒を塗っているのに、びっくりするようなコントラストになる。屋根塗りも北国の冬支度のひとつだ。
反原発の講演会

 わが赤井川村は泊原発から直線で25kmに位置しており、事故があったら直接的に被害を被るエリアにある。福島の事故は決して人ごとではない。
 北海道電力はプルサーマル計画を実現するために公聴会などで大がかりな「やらせ」をやっており、その北電から政治献金を受けているのが高橋知事である。
 村の議会では知事、総理に向けた「意見書」を採択したが、それに次いで反原発の講演会が開かれた。村の主婦の皆さんが企画したもので、講師は北大の小野有五さんだ。小野先生の説得力のある反原発講義は大変有益だった。
反原発集会
紅葉フェスティバル
今年も雨の「紅葉フェスティバル」

 ホテル・ドロームの前を通る国道393号には「メープル街道」という名前がついている。沿線にカエデの木が多いことからこう命名したのだが、毎年紅葉の時期にフェスティバルを開催している。今年で3年目になるのだが、なぜかいずれの回も必ず雨なのである。
 そもそもぼくの主催するイベントに悪天はつきものなのだが、こう見事に的中するとむしろそれがおもしろくなってきて、皆さん嬉しそうに「やっぱり雨ですねえ」などとぼくを非難するのである。今年もイベント終了後、直ちに晴天になった。
ギンちゃん3歳になる

 ついこの前やってきたギンだが、10月11日に3歳の誕生日を迎えた。ボンちゃん、アンちゃんの系譜になるスタンダード・プードルであるが、先輩たちがニュージーランド出身なの対して、彼女は大阪八 尾市に生まれた。そのせいかどうか、これまでにない特異なキャラクターで、繊細にして臆病、かつ異常に人が好きなのである。大きな体なのにまるでお座敷犬のようにふるまっており、嫉妬にかられたアンは彼女を「チビのデブ」と呼んだりする。たしかにやや小さくやや太めではあるが、どうしてなかなかプリティなギンちゃんである。
 ちなみにこの日はぼくの母親の誕生日でもあって、こちらはとうとう95歳、ますます元気なおばあちゃんなのである。
ギンチャン3歳
日本一のドッグラン
日本一のドッグラン

 おそらく、アンとギンは日本で一番広い専用ドッグランを持つワン公だろう。なにしろ2ヘクタールと4ヘクタールの2カ所があって、走り放題なのである。
 日課の散歩は朝昼晩の3回だけど、午後の回は奥にある広い草地まで行く習慣だ。もともとリードなどつけてないから、そのまま全速力で走り出せばいい。ところが。これが全然走り回ったりしないのである。たしかに最初はちょっと走るのだが、すぐに地面の匂いなどかぎ始め、あちこちうろつくばかりである。せっかくの1万坪を有効利用しないふたりに、都会の犬に申し訳ないじゃないか、といい聞かせているところだ。
ブルーベリーの冬囲い

 秋の恒例行事はブルーベリーの冬囲いだ。毎年10月の中旬からおよそ2週間、園内のブルーベリーとカシスの木をひとつづつ縄でしばり上げる。冬期間の雪は2メートルにもなるから、当然ブルーベリーの背を越える。縄で枝を巻き上げておかないとブルーベリーは雪の重みでバキバキ折れてしまうのだ。北国では必須の作業。ところがなにしろ5000本を越える数だからこれが大変。人海戦術しかないので「高齢者事業団」に頼んで毎年人を派遣してもらっている。皆さん体のキレはいまひとつだが、口は達者だからおもしろい。作業が終わると、さあ雪よこい!という気分になる。



●2011年9月
ヨット購入
ヨットで北海道半周の旅

 根室のヨットマンが所有していた船を譲ってもらうことになり、北海道を半周、600キロの旅をして小樽のマリーナまで回航してきた。メンバーは写真左からポパイ菊池、アート木田、デシプリン石川の3氏とぼくの4人。ぼくを除く3名はいずれもヨットのベテランであり、先生なのである。ポパイ氏はケープホーンを回った経験のある「ケープホナー」であり、アート木田氏はヨットスクールの先生だ。デシプリン氏は訓練大好きの山屋で、スクールの先輩に当たる。という皆様との航海は大いに楽しくも有益であった。
知床の岬に・・・・ハマナスはなかった

 根室を出て最初の夜は知床岬の先端に係留した。
 生憎の天気で夏だというのにフル装備、いや寒かった。同じ北海道でも東の方はやはりすごい。
 このあたりはもうすぐ向こうに国後島があってロシア領だ。だからかどうか、不審なわがヨットを海上保安庁が追跡してきてスピーカーで誰何するのであった。
 写真後方は知床半島だが、20年前に野田知佑師とカヌーで一周して以来の訪問になる。観光船が多いのにびっくり。
宮川くんと蝶々とり
エゾヒグマ
ハマナスはなく、クマがいた

 知床岬の先端で一夜を過ごして、朝に出航の準備をしていたらヒグマがやってきた。番屋のすぐ前を通ったと思ったら、そのままわれわれのヨットにやってくるではないか。あわててもやいを解き、船を岸から離す。クマまでの距離およそ1 0メートル、しっかりその姿を観察できた。
 入港してきた漁師によれば、「いつものクマと顔が違う」とのことである。知床ではクマと猟師は平然と共生している様子だった。足跡ぐらいでピーピー騒ぐわが村とはずいぶん違う。
野田さんを訪問する

 9月初旬、徳島の野田知佑御大を訪問した。小学館の宮川勉もと青少年との年中行事のような訪問である。
 野田さんとは8月に東川町で会ったばかりで、特につもる話はないのだが、それでもやっぱりおもしろい。数年前に突然、野田・宮川・藤門をつなぐ「好物」がカツサンドであることが判明したので、お土産はいつも「まい泉」のカツサンドと決まっている。ぼくは2 0年前からまい泉のファンなのだが、近頃は類似品が多くて困る。
 写真両端は岡山からきた大学の先生で、なんとなくこういう記念撮影になったものである。犬はアレクシス君。
野田氏と
蝶の標本
野田悦宏コレクション

 野田知佑のお兄さん悦宏さんはずっと故郷の熊本で農業をやってきた人で、豪放磊落な大人であった。野田さんよりかなり歳が上だから、元気なうちにまた訪問しよう、そんなことを話していた。野田さんの都合で延び延びになっていたのだが、ある日突然その悦宏さんの訃報を聞くことになった。
 悦宏さんは蝶のコレクターで、膨大なコレクションを遺した。放っておくと虫にやられてしまうので、定期的に防虫剤を入れる必要がある。今回の訪問はこれが主目的だった。
 写真は感動的に見事な「ゼフィルス」の標本。
「リベルタ」号の誕生

 北海道に帰るとポパイ菊池の手でヨットがすっかり様変わりしていた。船体全体を磨き、セールを改造し、内装やエンジンも全部きれいにしてもらった。妙に小さかったトイレも交換したし、電気系統も心配なく使えるようだ。
 そしてなにより、船に新しいロゴが入った。ヨット教室の先生、アート木田氏の本業は看板屋さんで、彼がデザインした「リベルタ」のロゴは素晴らしいのである。言うまでもなくリベルタは英語のリバティー、フランス語のリベルテのスペイン語であり、「自由」の意だ。2011年秋、ぼくの新しい相棒が生まれたのである。
リベルタ号



●2011年7−8月
ボルボキャンプ
7月のある日「ボルボキャンプ」

 ボルボの愛用者を対象とした「ボルボキャンプ」が開催された。ドロームのキャンプ場にボルボがたくさん停まって、ちょっとおもしろい光景だった。
 ホテル・ドロームはスウェーデンの民家風にデザインされているので、ボルボと仲良しなのは割合自然な流れなのである。次男の仁木くんは先代のV70に乗っているのでフィアンセと一緒に参加した。後列右端が仁木、その前がカメイオートの社長さん。
宮川くんと蝶々とり

 今年も小学館の宮川くんが蝶々とりにやってきた。天気が悪くて生憎だったが、楽しく数日を遊んだ。彼が帰った後、7月も下旬になってゼフィルスが爆発的に発生した。「ゼフィルス」というのは一部のシジミチョウのことで、小さいけれどものすごく美しい金属的な光沢を持った蝶のこと。その大群が乱舞する光景は本当にこの世のものとは思えないのである。
 今年は蝶の当たり年だった。
宮川くんと蝶々とり
親子エコキャンプ
7月下旬、北海道新聞「親子エコキャンプ」が開かれる

 ボルボキャンプのすぐ後で北海道新聞のキャンプがあった。今年で3回目のこのキャンプは結構人気があって、抽選で参加者を決めたそうだ。ぼくはアンティーク・トラクターでカートを引き、ひたすらサービスにこれ努めたのであった。
 8月上旬、北海道東川町にて。左からモンベル会長・辰野勇、カヌー親分・野田知佑、文豪・夢枕獏、農民・藤門弘。
 なにしているかというと、来年敢行予定のユーコン川下りのイカダ実験で、イカダの名前を「ユーコンチキ号」がひとまず決まった。(詳細はビーパル誌を参照)
イカダでユーコン
釣り三昧
 8月上旬、大雪湖にて。右から林家彦一、夢枕獏、藤門弘。釣り雑誌の企画で釣り三昧。みんな大漁なのになぜかぼくだけ釣れない。「余市川の魔法といわれ、白井川の奇跡といわれたぼくなのに・・・・・・」と言い残してひとりトボトボ村に帰るのであった。

 ああ、夏は忙しい。




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