アリス・ファーム トップページ > 藤門弘 北海道フォト日記
*このページは夢枕獏さんのホームページ『蓬莱宮』にも転載されていますので、そちらもごらんください。

●2017年6月
 春になって外仕事が大忙し、ダイアリーを更新しなくっちゃと思いつつ気がつけばもう6月だ。
 こんなことじゃフェイスブックにPR ページを作る、なんていう課題はとうてい実現しそうもない。きっと誰か有能なスタッフがやってくれるのだろう。
 雪解けから毎日よく働いて、ようやく新しいベリー園が形になってきた。夏にはオープンできるだろう。
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リスの3兄弟がかわいい
リスの3兄弟がかわいい

 冬の間ずっと家の周りにいたエゾリスたちが子供を産んだらしい。あちこちでリスの子供を見かける。本部建物の屋根裏に住んでいるのが写真の3兄弟で、ずっと見ているとそれぞれに個性があるのが分かる。写真にいない一頭は活発でいつもひとりで飛び回っている。そそっかしいので時々壁から滑り落ちたりしておかしい。写真左の子は一番小さくて弱気でおとなしい。右の兄弟と一緒にじっとしている事が多い。とはいえやはり子供たちだからみんなでキャッキャッと遊ぶのだが、住まいの入口(写真左上)がちょうどぼくの部屋の上にあって、早朝からうるさくて困る。3兄弟が無事に育って大きくなり、冬にヒマワリの種を食べにくるといいな。
新ベリー園の作業が続く
新ベリー園の作業が続く

 去年から続けている新しいベリー園作り、雪解けを待って今年の作業を開始した。2ヘクタールというのはそう広いわけではないが、前年に植えつけ畝を作ったので、作業は筋状にしかできない。トラクターの起耕が2回、肥料撒き、転圧、そしてようやく芝の種蒔きまで到着した。最初はトラクターに取り付けたライムソワーという機械で蒔いて、2回目は写真のように手で蒔いた。種はケンタッキーブルーグラス、およそ60キロを使った。2週間ほどで芽が出て2ヶ月ほどで一面の緑になる予定。芝生というのはとても偉いグランドカバーで、風景が一変する。温室で育てているベリーの挿し木苗は来年ここに定植の予定。
洋代さんのご両親アリス・ファームを訪問
洋代さんのご両親アリス・ファームを訪問

 有巣君が結婚した相手は洋代さん、埼玉県に実家がある。そのご両親、須田さんご夫妻が遠路アリス・ファームを訪ねてくれた。あまりそういう経験がないのだが、新しい親戚なのでできる限りのお迎えをしたつもり。どういう方々なのかいささか緊張したが、柔軟で闊達な人柄でひと安心、あれこれお話しをさせていただいた。調子に乗って喋りすぎないように事前に注意されていたが、あまり自制は利かなかったみたいで反省。裏山のカモ池にオシドリが来てくれればお見せできると思ったが、残念ながらこの日はダメだった。カモたちはお客さんが来る日に限って姿を見せない。きっと抱卵や子育てに忙しいのだろう。
仁菜・あき姉妹がバラ園芸のお手伝い
仁菜・あき姉妹がバラ園芸のお手伝い

 春に誕生日を迎える家族が多いので、5月に合同の誕生会をやることにしている。ちょっと寒いけどバーベキューをやろう、ということになったのだがあいにくの雨。仕方ないので温室を会場にした。以前、冬にやった時は煙くて困ったが、5月なので窓や入口を開放できる。室内とはいえ結構快適なバーベキュー大会になった。洋代さんは初めての参加だが、管理栄養士の彼女はなんという肉食一家なのかと驚いたに違いない。仁菜も大人並みに肉にかじりついたが、さすがに飽きて妹あきと園芸作業。後ろのバラは「アプリコットネクター」。ふたりもこの花のように美しく大輪に育ってほしい。
札幌ドームで横浜ベイスターズを応援する
札幌ドームで横浜ベイスターズを応援する

 5月30日、ぼくの誕生日にベイスターズの試合があるというので、仁木君が誕生プレゼントにチケットを手配してくれた。残念ながらあつみさんとあきの二人は来れなかったが、それ以外の6名がスタンドの集合した。仁菜はちゃんとベイスターズのユニフォームを着て本気で応援だ。札幌ドームだからあたり一面日本ハムのファンだろうと思っていたらそうでもなくて、結構ベイスターズファンもいて嬉しかった。この写真は前の席にいた横浜からきたという女の子が撮ってくれたものだ。横浜らしい軽快でかわいいふたり組だった。この日、我々の応援でベイスターズはしっかり勝利したのであった。めでたしめでたし。
有巣君へ
有巣君へ


 ♪♪
 Happy birthday to you

   Happy birthday to you
 ♪♪
 Happy birthday dear Aris !

   Happy birthday to you
             ♪♪

     アリス・ファーム合唱団
モーターボートはどうでしょう?
モーターボートはどうでしょう?

 小樽のマリーナに置いたヨットを売却して数年、ハワイに拠点を移そうと考えたがどうもうまくいかない。なんとなく海と遠ざかっているのだが、最近になって急にモーターボート案が浮上してきた。なんて、自分で勝手にそう思い始めただけなのだが、本気になりつつある。きっかけは地元余市にあるマリーナの存在で、ここの管理人がごく身近な人だと判明したのだ。彼を訪問して一気に現実的になり、ボートの物色を始めた。すぐ近くに海があるのだから、たまには沖に出たり魚を釣るのもいいではないか。



●2017年4月
 春の風が柔らかく吹き始める3月から4月、しかし今年は思いがけず雪解けが遅くて、隣接する小樽はもちろん、余市や倶知安の畑に地面が見え始めてもなお赤井川村はずっと雪の下だ。
 融雪剤を撒くタイミングを失してしまい、ベリー園ではまだ作業を始められないでいる。冬囲いを外して肥料や堆肥をやる時期なので、雪の様子をうかがう毎日だ。
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ごはんですよー!で全員集合」
ごはんですよー!で全員集合

 毎日、朝夕の決まった時間に犬猫の諸君のために食事を用意する。それぞれに決まったメニュがあって、なるべく安心できるものを選んでいるつもりだ。犬たちはオーストラリアビーフの挽肉(生)と増量剤としてサイエンスのドライフード、ネコたちは「カナガン」なるドライフードと同じく挽肉だが、ふたりはそれほど牛肉を好まない。むしろ朝だけあげる魚の缶詰が好きで、ワフワフいって奪い合ったりする。犬のように食器を分けでも平気で侵略するあたりがネコ的でおもしろい。写真はペット用シンク上の定位置で食事中のふたりと順番待ちのふたり。ギンとランは礼儀正しくひかえめで、本当に偉い。
宇土洋代さん歓迎会
宇土洋代さん歓迎会

 長い独身生活に終止符を打って有巣君が結婚することになった。お相手が写真右奥の洋代さんで、東京方面から北の辺境喜茂別町にやってきた。4月に入ったある日、さらなる辺境の我が赤井川村で歓迎会を開催することになった。なにはともあれ大歓迎、いよいよ家族が8人になって大いにめでたいことである。夕食会前には「五十肩完治記念キャッチボール大会」をやって、年齢詐称疾患といわれながらも強気の投球をするのであった。ところが投球にがんばり過ぎて翌朝にはふしぶしが痛くなり、予定していた元服山登山についてはうやむやのまま中止になった。裏にそびえる元服山には来春に登頂するつもり。
結婚のお祝いに表札をプレゼント
結婚のお祝いに表札をプレゼント

 ふたりが持つ表札は小樽の山口保氏が作る有名な木彫品で、素晴らしい完成度のロングセラー商品だ。山口氏については語るべき所が多くて大変だが、まずは北海道移転以来の親しい友人であり、アリス・ファームの役員もやってもらっている。知り合った頃はまだ喫茶店をやっていたが、ぼくも少し協力して木彫看板のプロに転身、商品が大ヒットした。そして実は長男の一郎君がかの「サカナクション」の山口一郎なのである。有巣や仁木は毎年「ライジングサン」というコンサートに出かけるが、幼なじみの一郎君を観客席から眺めるのである。いや、男の子というのはこのように大化けするからおもしろい。
>> 木彫工房 メリーゴーランド
吉田大工さん大活躍の春
吉田大工さん大活躍の春

 昨秋から始まった新ベリー園の建設工事だが、一任していた高給優遇大工が行方不明になった。どうしようか思案していたらふとしたことからとても優秀な大工さんが登場して一気に前進することになった。誠実にして実直、堅実、勤勉、すべてが前任者と対局にある人物で、この人と最初からやれば良かったですね、と関係者一同口を揃えるのがこの吉田大工さんである。乱暴乱雑なやっつけ仕事を補修しつつぐんぐん完成に近づけてくれて、3棟とも4月末にはおおむね完成の予定だ。吉田大工さんを始めとして、板金屋さん、塗装屋さん、左官屋さん、電気屋さん、建具屋さんなど、いい職人さんと沢山出会った。
リアム一家来訪
リアム一家来訪

 リアム・バートレーは新しい会社を作って一緒に仕事をする仲間で、このところかなり頻繁に会っているのだが、4月のある日、仕事を離れて家族で遊びにやってきた。左が奥さんの知子さん、赤ちゃんは間もなく1歳のマヒナ、そしてお母さんのマーゴ。マヒナは初対面の犬にもネコにも臆せず、興味津々、これなら大丈夫。知子さんは東京山の手のお嬢さんで、それだけでぼくの評価はすでに90点に達してしまうのである。ともあれとてもいい一家で、とてもいい写真になった。後ろのネコはペパで、上から吊した紐で遊んでいるところ。
ギンちゃんの受難と希望の春
ギンちゃんの受難と希望の春

 昨年の秋、正確には昨9月下旬のことであった。ギンの様子がおかしかったので、札幌の獣医の所へ連れて行った。元気がないとか食欲がないとかの一般的な症状だったのだが、診察の結果驚くべき「事実」を告げられた。いわく、腎臓とその周辺に悪性リンパ腫があり、かなり進行しているので手術などの手当はできない。余命は年内ぐらいであろう。とのことである。まったく予想してなかったから、それは本当に衝撃的な宣告であった。症状を緩和するために、とのことでステロイド剤を処方され、それを投与することになったが、大切な家族をひとり失うのだから、日々を重い気持ちで過ごしていた。ところが、ギンの様子が変なのである。ステロイド効果なのだろうか、次第に元気を回復していくのだ。有巣によると最近動物にも使えるようになった「プレドニン」は別名「奇跡のステロイド」とも呼ばれる効果があるらしいのだが、しかし、悪性リンパ腫を治癒させるほどのものではない。効果は一時的であるはずだ。どうもこれはおかしい。そこで仁木君推薦の別の獣医を訪ねることにした。するとどうだ、この新しい獣医さんは「エコーで見る限りどこにも腫瘍はありませんが」という。一体どういうことなのだろう。余命いくばくと言われて悲嘆に暮れたはずが、一転して希望がわいてきた。年明けから毎月新獣医さんを訪ねているが、とうとうステロイド投与もやめるところまできた。ああよかった、本当に心の底から嬉しくもありがたくも思うのである。
 ところが一方で、昨秋のあの診断は一体何だったのか、突然人を崖から突き落とすような「宣告」は、あれは「誤診」というにはあまりにも重大な過失ではないか。色々と考えるがどうにも許せない気分である。そこで当該獣医に「質問状」を送った。するとすぐに返事がきたが、長々しく書き連ねた文章は結局のところ「自分は悪くない」「誤診ではない」との言い訳に満ちていて、益々不愉快になるばかりであった。あれこれのレトリックの背後に人物の本当の姿が垣間見えるわけで、誠実を装いつつ逃げ切ってしまおうという姿勢は、まあ予想通りとも言えた。これがもし人間のことだったら、とうていこんな言い訳は通用しないだろう。このあたりが動物医療のいかがわしさだ。いつ行っても流ちょうかつ明快な口調でよどみなく説明するその態度や、高額な診療費、立派な建物、学校出たての獣医たち・・・反感はつのるのである。そういえばランちゃんの避妊手術では縫合の失敗で再入院するようなこともあった。被った精神的被害を理由にいっそ告訴してやろうか。息子たちや弁護士の意見を聞いてみよう。本当の反省を促すために、同じことをまた起こさないために、応分のパニッシュメントが必要だと思うのである。



●2017年2月
 本年1月から2月にかけての最大のトピックは、新しい子猫がやってきたことだ。
 「犬派」だったのに一体どうしたの?という人もいるのだが、小さい頃からわが家にはいつもネコがいたんだよ、とか、飛騨時代には最大8匹もネコがいたんだぜ、とか言い訳している。
 それはともかく、子猫はやっぱりかわいい。前のチリさんが一歳を迎える前に仲間をひとつ、ということなのだが、このふたり組が楽しいのだ。このところ毎日、ネコ見物で日を送っている。
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新入りは「ペッパー」
新入りは「ペッパー」

 最初のネコが「チリ」なので今度はペッパー。呼ぶときは短くして「ペパ」ということにしている。ネコ好きの人なら写真で分かると思うが、「メインクーン」なる品種だ。前のチリはいわゆる保護ネコだったが、同じ手順で探しても中々好みのネコが見つからず、ようやく条件にあう子ネコがいたと思ったら、保護主がエキセントリックで話にならないし、結局純血種をブリーダーから買うことにした。
 調べて分かったのだが、ネコというのはびっくりするような値段で取引されている。模様というか柄というか、それだけの違いなのに上等なのは50万円もする。そんな驚愕価格は避けて、まずまず手頃だったのが、ペパ選手だ。来てすぐはチリが嫌うし、犬は吠えるし、なのでぼくの部屋で育てた。一緒のベッドで寝て、朝起きると眼前でニャオと鳴き、ハッピーな毎日だった。現在はサンルームに移動して、他の皆さんと一緒に暮らしている。
犬とネコ、わが家の場合
犬とネコ、わが家の場合

 ひと言で言えば「平和共存」ということになるのだが、これは主として犬側の能力の高さによるものだ。吠えてはいけない、優しくでも咬んではいけない、鼻で押してもいけない、なにかするならそっと舐めてあげなさい。そう犬たちに言い聞かせれば、彼女たちはそのようにネコを扱う。一方ネコは、主人がなにを言おうがそんなことは一向にかまわず、自分のしたいようにする。犬と遊びたければ遊ぶし、嫌ならフン!と言ってどこかに行ってしまう。そういう自分勝手がネコの身上であり、行動規範だ。だから、時として犬の鼻をひっかいたり、尻尾をくわえたり、水飲みを妨害したり、好き勝手やりつつ、ひとまず平和に仲良く毎日を過ごしている。
久しぶりの五人組集合
久しぶりの五人組集合

 ぼくを別にして超多忙な面々なので中々5人全員が揃わなかったのだが、数年ぶりに顔をそろえることができた。2月のとある日、ゲストの2名も加わって大いに賑やかな一夕を過ごしたのでありました。場所は奈良、モンベル会長の辰野さんが改装オープンしたゲストハウス。写真右から辰野勇会長、野田知佑御大、不肖私、文豪夢枕獏、一番奥から寺田克也画伯、林家彦いち師匠、巨匠佐藤秀明、本松助手、辰野夫人、というメンバーだ。奈良公園にリゾートホテルを作るという計画があるらしく、それへの反対運動について相談もあった。遊んでばかりじゃないのよ。
バグパイプバンドに参加!
バグパイプバンドに参加!

 2年程前にスコットランドへ行って、エジンバラで「ハイランド・ドレス」なる民族衣装をオーダーメイドした。いつか着てやろうと思っていたのだが、ようやくチャンスがやってきた。冬期のアジア大会というのがあって、そのカーリング種目の決勝戦に参加したのだ。といってもちろんカーリングをやるわけではなくて、この競技はスコットランド発祥らしく、競技会にはバグパイプバンドが演奏をするしきたりらしい。いつか一人前のパイパーになろう、と決意は堅いもののいまだ道遠しのぼくはドラムを担当である。それも超特大のドラムで、ハーネスで装着すると前がまったく見えなくなる。音が大きいので思い切り叩くと結構爽快だ。
ネコたちのバードウォッチング
ネコたちのバードウォッチング

 冬になると野鳥たちに給餌をする習慣だが、フィーダーは勝手口前の樹とサンルームの端の二カ所にセットしてある。エサはヒマワリの種、鳥は主としてカラの類5種だ。フィーダーは自作も含めてあれこれ使ってきたが、結局プラスチックの円筒形のものがベストだと思うようになった。使っているうちにどんどん大型化してきて、現在のものは市販で最大のものだ。なにしろ鳥の数がすごいのだ。
 このバードフィーダーであまり歓迎されないのがエゾリスの諸君だ。彼らの食欲はすごくて、またたく間にヒマワリが減ってしまう。鈍感なのかどうか、窓ガラスのこちら側からネコたちが脅しても全然気にしないエゾリス君なのである。
『ファーブル昆虫記』に挑戦
『ファーブル昆虫記』に挑戦

 ある知性派老人とお話をしたら、その人は70歳を記念してマルクスの『資本論』を読み始め、75歳で完読したのだという。この話に大いに感銘を受けて、なるほどこういうインテリも世の中にいるのだなあ、世の中真っ暗闇だけどまだ日本もかろうじて大丈夫かも知れない、というようなことを思った。その人に倣って、大分方角も質も違うが『ファーブル昆虫記』全10巻、20冊を読むことにした。ひとまず前半の5巻10冊をセットで購入、読み始めたところだ。これがおもしろい!『資本論』は学生の時に挑戦して第2巻で挫折したが、ファーブルは最後まで行けそうだ。奥本大三郎訳でイラストも脚注も良い。当分楽しめそうだ。
キャットウォークを張りめぐらせた
キャットウォークを張りめぐらせた

 なんだかネコの話ばかりだけど、冬ごもり中の大工仕事としてサンルームの窓上方に一周キャットウォークの設置をした。延長で20メートル近くもある。ネット情報によると、最近は最初からネコ用に家を設計するようなことがあるらしく、いくつか実例も紹介されている。そこまでやるか、という気がするようなものもあるが、たしかにネコは垂直方向に移動する生き物ではある。チリとペパ組にもなにか作ってやろう、冬で暇だし、というような工事であった。写真の一番上のレールの左右にはふたりそれぞれのネコ小屋があり、それを越えると窓側の半周レールに至る。結構大工事だったけど、当然ネコたちはありがとうなんて言わない。



●2017年1月
 いつものように雪のお正月。
 12月にパプアニューギニアに行って、帰国後建築工事の最後の追いこみに参加し、そのままあわただしく新年を迎えることになった。有巣、仁木とも勤務の都合があって、残念ながら全員集合ができなかった。両者別に帰宅して、それぞれと年越しそばやおせち料理を食べたりすることになった。
 まずはめでたい新年、今年もいい年だといいのだけれど。
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チリ子ちゃんの手術
チリ子ちゃんの手術

 昨秋、チリが避妊手術を受けた。メスネコの避妊は婦人科系泌尿器系の病気を予防することが主な目的で、犬の場合と同様だ。これまでの犬たちで、乳腺や子宮の病気はかなり多かったから、最近はほとんど全部に同様の手術をしている。ぼくはワクチン接種には懐疑的だから、獣医に行くのはこの避妊手術のことが多い。札幌市に住む仁木から紹介された獣医さんを訪ね、チリはひと晩入院して帰ってきた。全身をネット包帯で包まれたので、妙に頭でっかちでその姿がおかしい。さすがに強気のチリもなんだか少し気が弱くなって、ミャオなどと小さな声で鳴くのであった。
工事に参加、「飾り破風」を作る
工事に参加、「飾り破風」を作る

 新ベリー園に3棟の建物を工事中だが、どこかに記念の手の跡を残こそうと思って、納屋の「破風」を担当した。破風というのは屋根の妻面につける部材で、それなりに目立つ存在だ。この納屋はデザインを北欧風に設計していて、木の壁は赤く塗る予定。「ファルン・レッド」といってスウェーデンで採れる赤の鉱物顔料の色だ。壁の赤に窓やドア枠の白がくっきりする木造建物で、これまでにもドロームなどに作ってきた。破風の曲線はスウェーデンからきた菜園の納屋と同じで、ジグソーで切ってからサンダーで磨いて仕上げた。4メートルの板を4枚仕上げるのに3日間かかった。きっと「レッド・バーン」を見事に飾るだろう。
ギンちゃん床屋にチリが参加する
ギンちゃん床屋にチリが参加する

 全身包帯から解放されたチリ選手は元気いっぱいで、いつも目を思い切り見開いて暮らしている。おもしろいのは犬床屋さんが好きなことで、ギンやランの床屋を始めると、必ず台の上に乗って作業に参加する。バリカンから次々と毛が落ちてくるのだがそれが自分の頭に乗っても意に介せず、ひたすら作業を見守るのだ。時として写真のように手を伸ばして、ちょっと手伝うような素振りを見せたりする。犬の床屋さんは少なくとも1時間はかかるのだが、その間中ずっと台から降りない。そんなこんなですっかりわが家になじんだチリだが、彼女には一緒に暮らす仲間が必要なのではないか、そう思うようになった今日この頃である。
仁木一家とお正月
仁木一家とお正月

 いつもなら万障繰り合わせて全員集合するのだが、今年はどうしても有巣と仁木の休日が揃わなくて、有巣が年末、すれ違いで仁木が新年という具合になった。有巣と年越しそばを食べ、仁木たちとおせち料理を食べるのだった。仁木家は次女のあきちゃんが産まれて4人家族になった。家に帰るとネコが1.5匹いるらしいから、大家族だ。(ネコは1匹ともうすぐくる子猫)。
 仁菜ちゃんは5歳になって読み書きができるし、絵もすごく上手だ。伝統的に絵が下手な家族にあって、もしかしたらそれを打破するのかも知れない。昨秋から思いつく度に皆さんへのクリスマス・プレゼントを買っていたのだが、大箱から取り出してみれば仁菜用がすごく多くて、彼女はプレゼントの山に埋もれるのであった。
ランちゃん犬ぞりに挑戦!
ランちゃん犬ぞりに挑戦!

 お正月元旦は天気がよくて、みんなで外で遊んだ。仁菜がソリにのりたいというので、古い北海道産手作りソリを取り出した。場所は忘れたが道内のどこかで作られていて、おもしろいので東京にあったアリス・ファームの店で販売したことがある。前に引き紐があったので、そばにいたランちゃんにつないでみた。いや全然ダメである。さあ前に走れ!というのに右に左に首を振ってなんとか突然の虐待から逃れようとする。まあ無理もないでしょう。犬ぞりはハスキーとかマラミュート、サモエドみたいな強壮な田舎者の仕事だ。ランちゃんはれっきとしたフレンチ・プードルなんだから、そもそもこんな雪の中で暮らしているのが間違いなのだ。外苑通りとか青山通りとかを歩くのが本来だという点では、外苑中学出身のぼくと同じシティボーイ、シティガールなのである。
アキちゃん元気いっぱいでランちゃん困惑
アキちゃん元気いっぱいで
ランちゃん困惑

 昨春に産まれた仁木家の次女アキちゃんはすくすくと大きく育っている。長女仁菜はごく小さい頃中々むずかしい性格に見えたが、おそらくは両親が子育てに慣れたからだろう、次女になるとすべてがスムースで、赤ちゃんにもストレスが少ないみたいだ。だからよく食べてよく寝て、目覚めると元気に動き回る。犬たちは人間の子供には特別な反応をするのだが、決して赤ちゃんが嫌いではない。写真のランちゃんの表情がそんな犬の態度を表している。ランはまだ2歳だがなんだかずっと以前からいるような気がする。おそらく前のアンの印象が残っているからだろう。ひと言で表せば「ぼんやり犬」ということになるが、その特異なキャラクターが失笑とともに愛されている。



●2016年12月
極楽鳥を求めてパプアニューギニアを旅する
極楽鳥というとんでもない鳥がいる
 この鳥を知ったのはずいぶん前、BBCの番組を見てその姿と生態に本当にびっくりした。
 「性進化」というらしいが、メスに誇示する目的で思い切り派手な羽根をまとい、メスの気をひくためにとんでもないダンスや歌を披露する。適者生存という進化の原則に逆行するかのような驚きの鳥たちだ。
 極楽鳥の英語名はそのまま「バード・オブ・パラダイス」、日本では種名を「フウチョウ」という。
 もとはカラスの仲間から進化したらしいが、現在は39種がニューギニア島を中心に暮らしている。数年前にアメリカの学者、写真家が『極楽鳥全種』(翻訳タイトル)という本を出して、これがかなり話題になった。本も映像もナショナル・ジオグラフィック刊行で、どちらも素晴らしい。これらを眺めながら、「よーし!見に行くぞお!」と思い立ったのであった。
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じっくり対面したオジロオナガフウチョウ
じっくり対面した
オジロオナガフウチョウ

 極楽鳥を見る一番簡単な方法は中部山岳地帯にあるバードウォッチング専門のロッジに宿泊することだ。といってもそこに到達するまでにオーストラリアのケアンズからパプアニューギニア( PNG )の首都ポートモレスビーへ行き、大混乱の国内線でマウント・ハーゲンという町に飛び、そこから1時間半ほど悪路を上らなくてはならない。海抜約3,000メートルで、赤道直下なのに夜は寒さに震えるし、不定期にやってくる豪雨にも耐えなくてはならない。
 しかしともかくロッジにはこのオナガフウチョウが待っていてくれる。白い尾が1メートルもあって、飛ぶとゆらゆらとそれが舞う。頭の緑にはすごい光沢があるし、赤いラインや鼻の上のボンボンなど、細部にわたってよくできている。行って分かったのだが、この鳥は割合定住性が強くて、同じ縄張りにずっといるらしい。ガイドはそれぞれの居場所を知っていて、我々バーダーをその場所に案内してくれる。英名は「リボン・テールド・アストラピア」という。
ガイドの「マックス」年齢不明
ガイドの「マックス」年齢不明

 年齢を尋ねたら母親が覚えていないので分からない、と答えたマックスはしかし中々優秀なガイドであった。多くのパプア人のように見かけは恐ろしく中身は優しく陽気、というタイプではなくて、どちらかと言うと物静かな人物。しかし鳥についての知識は深く、観察能力も優れている。外国のバーダーといっぱいつきあってきたのだろう。写真の場所は彼の自宅あたりだが、彼はここで「蘭園」を作っている。熱帯の高地のここは蘭の名所でもあるらしい。小さな美しい花があちこちに沢山咲いていた。あたり一面は深い森で、鳥の鳴き声がたえない。
マックス・ラン園の花々
マックス・ラン園の花々
PNGの人々
PNGの人々

 中部ハイランド地方、エンガー地区で出会った人たち。皆さん明るく礼儀正しく、優しいのである(最初はちょっと怖いけど)。
 郡役場の近くで撮影したので、みんな割合きちんとした服を着ている。右上の子供たちはお葬式の会場から追い出された面々で、このあとぼくは戸外の葬儀に招待されて1時間以上参列することになった。後ろの教会はカソリックのもので、神父はそれなりの威厳を持った人物だった。
 右下の右のヒゲおじさんは、求めに応じてクワガタを捕まえてきてくれた人物。パプアヒラタクワガタばかり20頭もあって、1頭2キナ(70円)で半分買い残りは山に戻した。そういうやりとりをしているとあたりは黒山の人だかりになってしまう。次はもっとすごい虫を沢山用意しておく、とのことだった。また行かなくっちゃ。
PNGの人々(2)
PNGの人々(2)

 左上は「ブルー」(アオフウチョウ)を見に行った丘の上。この写真の直前に大きな刀を持った人物に「鳥見るなら金よこせ!」と脅されたのだが、どうやらこの子はその人の娘みたい。アメをあげたら喜んで、家に戻って晴れ着を着て戻ってきた。
 右上は別のフウチョウを見に行った山の農家で、伝統的な建物のたたずまいが良かったので写真を撮らしてもらった。すると中から品のいいお母さんが出てきてはにかみながら撮影に応じてくれた。
 左下は郡境にある「チェックポイント」に駐在する「警官」たちとの記念撮影。どういう目的でこういう国境みたいな場所があるのか不明だが、通る人は車から降りて荷物の検査を受けたりしていた。郡というのは部族ごとの単位でもあるらしく、時に戦争もあったりするので結構厳しい警戒態勢なのである。写真ではにこやかだが、最初は相当怖かった。
右下は「クムルロッジ」の人たち。海抜およそ3000メートル、軽い高山病にかかり食欲不振、せっかく作ってくれた料理をいつも残してしまった。とてもフレンドリーでいい人たちだった。
PNGの鳥たち
PNGの鳥たち

 高地の森にあるロッジにはエサ台があって、ここには毎日各種の鳥がやってくる。これらを眺めながらお茶など飲むのは誠に贅沢なのだが、ちょっと飽きてきたりもする。右上の写真はひどい精度だが、これは「コフウチョウ」(レッサー・バードオブ・パラダイス)を遠くから撮影したものだ。野鳥用の専用レンズを持参しなかったので、いい写真は撮れないのだがいわば証拠写真のようなもの。今回の旅では計4種の極楽鳥を見ることができて、まずまず満足している。左上はリボンテールのオス若鳥かメスで、結構きれいだ。

 ・・・・・というわけで初めての国、パプア・ニューギニアを旅してきました。
 いつもどおり目的地に関する本を沢山読んでからの訪問であり、いつもどおり文献と実態の大きな差に驚くのでありました。なにより、想像よりはずっと文明度が進んでいて、写真で分かるように人々の服装などはアジア諸国とほとんど違わず、田舎に行っても舗装道路に車が疾走しているわけです。そういう所にしか行かなかった、ということなのかも知れないので、この印象は留保しておきましょう。
 ニューギニアには日本軍の悲惨な歴史が眠っています。太平洋戦争そのものが愚劣で誤った侵略戦争だったわけですが、とりわけニューギニア戦線は大本営の歴史的犯罪とも言えるでしょう。20万人の日本兵が投入され、そのほとんどが戦闘によってではなく、餓死病死したわけです。帰還した数パーセントの人たちは現地の人に助けられた故の生存だったともいわれます。
 パプア・ニューギニアはいま、世界各地の「未開発地」と同様の「開発」被害を迎えています。国際線、国内線に乗り合わせる西欧系の人たちは、品のないビジネスマン風が多く、開発会社系の人たちと想像されます。「森林資源開発」、「液化天然ガス開発」、「鉱山資源開発」、このような用語が現地の英語メディアに踊っていました。日本も無関係ではないでしょう。
 複雑な地形や高度に応じた局地的な棲み分けをしている極楽鳥の環境も、やがて危機を迎えるのかも知れない、そう思うとちょっと暗い気持ちになります。なにかできることはないのだろうか、と考えているところです。



●2016年11月
 別のページでも言い訳したけれど今年は夏以来妙にあたりが慌ただしくて、基本的には「忙しい」と言わない方針で暮らしているのだがついついそう口にしてしまいたくなる。誰かに迷惑をかけるわけではないのだが、ぼくとしてはいささか困った今日この頃なのである。
 という言い訳をもってこのフォトダイアリーも8月から一気に11月号にジャンプしてしまうのであります。もし見てくれる人がいたら、そのような北の空の下の事情だと思っていただきたい。
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お庭の池で魚釣り
お庭の池で魚釣り

 多忙多忙と言いながらいきなり魚釣りというのもなんだが、、実はこれ必ずしも楽しみでやっているわけではない。もう10年も前のことになるが、あるテレビの番組で川で魚釣りをする場面の撮影をした。その時に釣った魚をよせばいいのに池に放してしまった。フナやウグイはやがて姿を消したが、チチブとかヨシノボリのようなカジカ科の魚がしぶとく繁殖して池を我が物とするようになった。貪欲なこの連中は生き物ならなんでも食べてしまうから、水生昆虫にとっては大敵になる。ぼくの好きなトンボたちも池を繁殖場所にできなくなりそうだ。そこで連中を退治する作戦を実行、64匹を釣り上げてやった。
庭の新メンバー、タヌキくん
庭の新メンバー、タヌキくん

 ことさら敷地内と外を区別する必要もないと分かってはいるのだが、それでも領土内に新種を見つけるとちょっと嬉しいのですね。タヌキは村のあちこちにいる生き物で、夜の道路なんかで結構見かけるし、時として車に敷かれたかわいそうな姿があったりする。トウモロコシをかじる、とかの理由で農家の人は嫌うみたいだが、もちろんぼくはタヌキの味方だ。アライグマ捕獲の檻にタヌキが入るとそれも殺す、という村の処置には断固抗議してきた。そのタヌキくんが白昼堂々我が庭に登場したのは、サクランボの落下を食べるためだった。室内から眺めてなにをしてるのか不明だったが、後で行ってみてそれが判明した。熱烈歓迎タヌキくん!
新ベリー園に大活躍のふたり組
新ベリー園に大活躍のふたり組

 道路沿いの農地2ヘクタールはもともとは羊や牛の放牧地で、周囲一周にフェンスが張ってあった。その一部を使ってブルーベリーの鉢栽培を試みてきたのだが、今回方針を新しくして全部をベリー園として再開発することにした。昨年は重機を使って牧草を掘り起こし、今年は春からひたすらトラクターで起耕した。次に測量をしてベリー類の配置を決め、植えつけ列ごとの土壌改良をする。黒土を入れ、堆肥を入れ、支柱を打つ、言葉でいうと簡単だが、なにしろ広いし数も多い。この大変な作業に大活躍してくれるのが写真のふたり組だ。今や番頭さんのカマタ君と毎年手伝ってくれる桜間さん、タフなふたりに感謝!
秋の日差しを浴びてくつろぐ、どこまでもくつろぐ
秋の日差しを浴びてくつろぐ、
どこまでもくつろぐ

 あたりの山が紅葉を始める頃になると太陽の傾きが大きくなり、するとサンウィングに差し込む日差しが多くなる。夏のような熱気もなく、それはとても心地よい日差しなのである。お昼ご飯が終わるとこの部屋にやってきて、ひとわたり紅葉など眺めつつ休憩する習慣になっている。ネコのチリがひとりここにいるので彼女のためでもあるのだが、なに本人はそんなことなんとも思っていない。少なくとも慰問をありがとう、なんていう態度は少しも見せない。高慢不遜のネコに較べると犬っていうのはなんていいヤツなんだろうと時々思う。ふたりは絶えずこっちを見ていて、ひと声かければいつだって飛んでくる。
秋の日にもの思う、ということは金輪際ないチリ選手
秋の日にもの思う、
ということは金輪際ないチリ選手

 早いものでチリももう8ヶ月になった。体重も3キロになりほとんど大人に見える。何にでも飛びついて走り回る子猫からやや落ち着いた若ネコになり、毎日の日課も多少は覚えたようだ。食事はカリカリと挽肉の両方だが、犬のように両者を混ぜるのではなくて、時間差であげるようにしている。特に文句はなさそうだ。というより、どうもあまり食べ物にこだわらないみたいだ。それでも海苔とかカツ節とかが好きみたいなので、時々空中から落下させて遊んでいる。最近分かったのだが、犬は心の交流を楽しむ生き物で、ネコは姿行動を見物して楽しむ生き物なのだ。きっとそうだ。
ギン・アンの生家、國友英子さん来訪
ギン・アンの生家、國友英子さん
来訪

 スタンダード・プードルのブリーダー、大阪の國友さんと友人の楢木野さんのおふたりが遊びに来られた。札幌に子犬を届けにきたのだそうだ。このフォト日記で「ランは全然大きくならないで期待外れだ、もう返品だ!」というようなことを言っているので、それを大変心配されているご様子で、何度も申し訳ありません、とおっしゃる。いやいや半分は冗談ですよ、と答えると残りの半分は本気みたいだが、いまやランは大切な家族の一員だし、その独特なキャラクターが愛されている。そんなこんなの犬話をしていると、用もないのにことさらに前を行き来するチリがとてもおかしいのであった。
間違いだらけの車選び(その4)・・・原点
間違いだらけの車選び(その4)
・・・原点

 今からおよそ40年ほども前、ぼくがまだ30歳の頃の写真だ。写真左はボルボのPV 544、右はアマゾン、どちらも今になっては大変なクラシックカーだ。PV は東京の写真家大西公平さんから、アマゾンは富山の木工家柿谷誠さんから譲ってもらったものだ。あえて言うならボルボの古典的名車のそろい踏み。その後アマゾンは友人に譲ったが、PVは家財道具を積んで北海道まで引っ越してきた。15年程前に雪で倉庫が崩壊し、その時この車も犠牲になった。涙のお別れであった。手に入るなら今でも欲しいふたつの車だ。ちなみに犬はその頃飼っていたアフガンハウンドで、この頃から変わらず車と犬はぼくの大事な伴侶だ。



●2016年8月
 毎日「暑い」「暑い」ばかり言っている困った夏だけど、もしかしたら去年もそうだったかもしれず、きっとこれからも毎年言い続けるのだろう。犬猫部屋ではクーラーが活躍していて、ついつい足がそちらに向かう本当に暑い夏なのであります。
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無印良品で講演
無印良品で講演

 久しぶりの講演でちょっと緊張したけれど、どっちみちそれほど高尚なお話をするわけではなくて、どんな場でも「田舎暮らしはおもしろいよお」という内容一辺倒なのである。今回はタイトルが『田舎暮らし10の楽しみ』というもので、写真を10枚用意して、それにまつわるあれこれを思いつくままにお話させてもらった。聴衆は意外に男性が多く、ネクタイしめたような人もちらほらいて意外だった。講演後に2組の人たちがアリス・ファームを訪ねてくれたが、いわゆる「脱サラ」田園志向の人たちなのであった。
仁木くんとシンガポール
仁木くんとシンガポール

 所用があってシンガポールへ行ってきた。「暑いばかりの人口都市」と友人が言っていたが、まずはその通りだろう。山手線の内側ぐらい、というサイズに国としての一式が詰まっているのだから結構不思議な国とも言える。用事はすぐに終わったので、仁木と町を歩いてみた。写真はチャイナタウンで、ビルの谷間にある露店街などまずまずおもしろい。路頭の飲食街を「ホーカーズ」と呼ぶが、適当な店で適当な料理を注文すれば、そのどれもが本格的中華料理であって、美味なることこの上ない。写真のふたりはかなり上機嫌なのだが、実はチャイナタウンの前にカジノに行って結構儲かったのである。バカラね。
チリは今日も元気
チリは今日も元気

 推定3月1日生まれのチリは8月で5ヶ月になりすこぶる元気、毎日走り回っている。犬たちの食事はメインが牛肉なので、彼女も同じように生肉と乾燥キャットフードの混合を食べている。そのせいかどうかぐんぐん大きくなって、「子ネコ」というより「若ネコ」の様子になってきた。キャットフードにも色々あるが、どうせなら高級なのがいいと思ってイギリスの「カナガン」なるフードに変えてみた。するとこれが滅法お気に召したようで、毎日わしわし食べる。写真ではまだ小さいが、現在はこれより大分大きくなっている。しかしその分生意気にもなって、世の中も人生も馬鹿にしきった態度物腰のふてぶてしさである。
夏のお客さん1 夏のお客さん2
夏のお客さん

 今年の夏も沢山の人たちが訪ねてくれた。このページ用に写真を撮っておこうと思いつつ、わいわいやっているうちに毎回忘れてしまう。訪問者代表としてふた組をご紹介すると、左は「無印良品」のVIP陣。代表取締役会長の金井さん、良品研究所の萩原さん、講演でお世話になった札幌店長の鈴木さんという面々である。ずっと昔に西武や西友と仲よくしていたので、あれこれその後の情報を伺った。
 写真右は倶知安の吉田司法書士事務所のご一行、ブルーベリー摘みにお招きして楽しく交流。吉田事務所は英語が通じる事務所なのでニセコと限らず外国人投資家の需要が大きく、大繁盛の様子だ。吉田氏はラサールOBで観光協会会長、となにかとご縁もありそうだ。
バタフライ・ガーデン大にぎわい
バタフライ・ガーデン大にぎわい

 三年程前にガーデンシェッド横を「バタフライ・ガーデン」にしようと決めて、あれこれ蝶の好みそうな花を植えてみた。アニスヒソップ、百日草、ブッドレアというようないわゆる「集合花」を選んだのだが、雑草との競争で姿が見えなくなってしまったものも多い。それでも散漫な手入れをしているうちに一部は大きく育った。とりわけ今年はブッドレアが元気で、それなりに灌木風になり、花もたくさんつけている。8月の中頃になると白と紫の花が満開になって、そこに蝶が集まり始めた。中でも目立つのは写真のミヤマカラスアゲハだ。この蝶はある一般人向け調査で、「日本で最も美しい蝶」ということになっている。大型でゴージャスな蝶の舞う夏のガーデン、暑いだけじゃなくていいこともあるわけですね。
仁菜ちゃんのブランコ、その2
仁菜ちゃんのブランコ、その2

 ヨットで使ったロープの再利用でブランコを作ったのは去年のことだった。サトウカエデの枝にロープを結んで座面の板と連結するとひとまずブランコが完成した。しかしいくつか問題があって、両ロープを完全な水平に結ばないと均一なスイングができない、大きく動くとあたりの植物を痛める。そこで思い切って場所を移動することにした。そういえばあれがあったな、と思いついたのがどこかで拾った鉄製の小屋。これに塗装をして上部に鎖を張り、ブランコの台に改装した。大型のユンボで移動をして設置したのだが、結構大仕事だった。最後に座面にNINA/AKKIと彫刻して見事に完成したのであった。仁菜ちゃんが喜んでくれたのがなにより。



●2016年6月
 もはや時候の挨拶となった気もするが、今年の天気は本当に異常だ。4月の雪解けからはゆるゆると春めいたが、5月になると気温が上がり、末頃はかなり暑くなった。と思っていたら突然の低温で、まるで梅雨のような長雨が続いている。 なんだかうすら寒く重い空の6月なのである。
 夏よこい!
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あきちゃんの木を植えた
あきちゃんの木を植えた

 5月の中頃に「合同誕生会」という催しを開催した。統一教会風だけど春頃に誕生日が集中しているので、まとめてお祝いだ。4月に生まれたあきちゃんに誕生日おめでとうというのは変だけど、仁木も有巣も私めもこのあたりが誕生日だ。あまり話したくない話題ではあるけれど、有巣は今年で35歳、そしてぼくがその倍の70歳、という驚くべき事態が発生しているのである。誰もそう思うのだろうが、自分がこんな年齢になるとは考えたことがなかった。それはともかく、この日みんなであきの木を植えた。メイゲツカエデだ。
お友だちなのである
お友だちなのである

 5月3日にやってきた新メンバー、子猫の「チリ」も3ヶ月になった。元来保護ネコだから誕生日は不明だが、一応3月1日生まれということにしている。子猫は日々ずんずん大きく成長していくもので、チリも来た頃の倍のサイズになっている。最近計った体重はおよそ2キロ、いまのところまだハンディサイズではある。この2キロが一番仲よくしているのが体重25キロのランちゃんだ。圧倒的に善良で無邪気で不器用なランちゃんを相手に、どっこいチリも負けたものではない。おもちゃを取り合ったり、一緒に水を飲んだり、攻撃ポーズで威嚇したり、そうやって遊んでいるうちに一緒に寝てしまったりする。というチリやランや、時々参加するギンちゃんを眺めて笑う平和な毎日なのである。サンルームにあるソファは彼らを眺める観客席なのだが、しばらくすると犬たちも観客側に回って、するとチリのひとり舞台になる。彼女はあらゆる芸を披露してくれて、大いに楽しませてくれるのだ。もっとも、サンルームのソファには睡魔が潜んでいるらしく、いつの間にかぼくも犬たちもすやすや眠っているのである。こんなことでいいのだろうか。
藤門浩之さん来訪
藤門浩之さん来訪

 関西や九州方面に親戚にあたる人たちがぽつぽついるらしいのだが、これまでほとんど親戚つきあいというものがなかった。もともと藤門というのは珍しい姓なのだが、試みにネットで検索してみると大阪の藤門浩之という人がよく登場する。ということは前から知っていたのだが、それが直接の親戚でかつ面識のある人だとは思わなかった。読売テレビのプロデューサーとして活躍している一流の人物だ。ふとしたことからメールのやりとりを始め、6月にとうとうわが家を訪ねてくれた。写真は浩之さんとご長男の翔平さんだ。右の写真は浩之さんが持参してくれた50年前のもの。山岳部の合宿で剣岳に登った帰路にお宅を訪問したのだと思う。右端の少年が浩之さん、ぼくは雪焼けで真っ黒だ。なんだか急に近しい親戚ができたような印象。
母の一周忌、お墓ができた
母の一周忌、お墓ができた

 昨年6月に永眠した母の墓ができた。一周忌に合わせて石屋さんに墓石を作ってもらい、ぎりぎりのタイミングで設置ができた。東京から妹やその息子、孫なども来てくれて、簡単なセレモニーをやった。ずっと雨模様だったのにこの日だけは陽がさしてとてもいい会合になった。犬の墓だけが並んでいた芝生もこれですっかり「墓地」らしくなった。セレモニーの後は会食で、孫が4人もいるので大変にぎやかだ。仁菜は自分のブランコを貸してあげたり、自分のホームグラウンドで虫を探してあげたりして、しっかりホステス役を務めるのであった。
ホテル・ドロームの譲渡
ホテル・ドロームの譲渡

 昨年来交渉を進めてきたホテル・ドロームと関連施設、用地などの譲渡が5月に終了した。相手先はシンガポールを拠点にする多国籍企業で、オーナーやCEOなど幹部の皆さんがやってきた。オーストラリアのコンサルタント会社が開発のマスタープランを作る予定で、その人たちを含めて記念撮影。250ヘクタールの用地に様々な施設を建設する計画らしい。
 ホテル・ドロームはとても素敵なホテルだと思うし愛着がなくもないのだが、いかんせん老朽化しており、その改修や維持には資本が必要だ。思案しているところに大手の継承先が見つかったので、この機に譲渡を決めたのだった。「環境に優しい開発」をテーマに計画を練っているようで、ぼくも協力を約束した。ファンの皆さんには新生ドロームを待ってもらうことにしよう。



●2016年5月
 4月に入ると、雪はどんどん減り、気温は上がり、木の芽はふくらみ、鳥たちも帰ってきて、外の世界は日々劇的に変化していく。あれよあれよの4月の毎日で、気がつけばもう5月になってしまった。3月号からまたジャンプして5月号だ。好き放題のダイヤリーだから叱られる心配もないけど、圧力もないのですぐに妥協してしまうのであります。
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オシドリ池、今年の様子
オシドリ池、今年の様子

 おととし作った第4池に待望のオシドリが来たのは去年のことだった。今年もおいでね、とウィングから観察の毎日だったが、4月の下旬になってようやく姿を見せた。ドングリ好きで有名なオシドリだが、代用の古米や大豆などをまいて歓迎した。池の縁には休憩用の倒木なども用意して、もう大歓迎だ。特に招待してないマガモもこれに便乗して、結構のさばっている。写真右はカエルを食べるオシドリ。かわいい顔をして結構野蛮だからおもしろい。
ブルーベリーとカシスのさし木
ブルーベリーとカシスのさし木

 リタイアする年齢にもかかわらず新企画、新計画が浮上して、間を省いて申し上げると、ブルーベリーやカシスの苗が大量に必要になってきた。そこで4月の雪解けを待ってベリー類を大幅に剪定し、その枝をさし木の穂木にした。さし木はずっと昔からやっている作業だから、気は楽だし成功率も結構高い。秘訣は穂木の先端を鋭利な刃物で切ること、挿し床の用土配合あたりだが、なに、誰がやってもうまくいくはずだ。困ったのは長年ベリー園をやっていて、どれがどの品種か混乱してしまったことだ。だからクローンが誕生してもそれが何の品種なのか不明になる。自家用だからまあいいでしょう。
「あき」ちゃん誕生
「あき」ちゃん誕生

 4月23日、仁木くんの家に次女が誕生、「あき」と命名された。写真はその翌日に病院を訪問した時のもの。第二子なのでお母さんのあつみさんも余裕、仁木くんはちょっと誇らしげ、仁菜ちゃんは待望の妹誕生でものすごく喜んでいる。仁菜よりもやや大きく生まれて、その分表情もはっきりしている。健康だからだろう、いつ訪ねてもすやすや眠っている。女の子のふたり兄弟がどんな感じなのか分からないが、これから仁木は女性軍に囲まれて暮らすことになる。男の子ふたりとは全然違うだろうし、ちょっとおもしろそうにも思える。
有巣院長を訪問した
有巣院長を訪問した

 4月をもって有巣くんは新しい勤務地へと移動した。羊蹄山麓にある喜茂別町のクリニックで、「院長」という待遇らしい。どんな所なのか見たいので、薬を処方してもらうべく診察を受けてきた。有巣はプライマリーケア(初期医療)の専門医で、疾患の入口での診断がいかに重要か、いつも力説している。世の中には入口でいい加減な診断をする医師が多く、患者がその被害者になるケースが多いという。渓仁会や新しいクリニックで沢山の患者と会って、いずれ自分の診療所を開くつもりらしい。身びいきかも知れないが、彼はとてもいい医者だと思う。
わが家にネコがやってきた!
わが家にネコがやってきた!

 実は長い間ネコを飼うかどうか考えてきた。母親が動物好きだったから、子供の頃から家にはネコがいたし、飛騨時代には合計8匹も飼ったりした。だからネコについてはよく知っているし、かわいいとも思っている。がしかし、どうも現代のネコ飼育はぼくが知る飼い方とは大分違うようなのだ。簡単に言うとネコを一生室内に監禁するのが現代の飼い方で、それでいいのかどうか思い切りができなかった。がしかし結局、このハードルを越えることにした。あれこれあって、ひとまず子猫「チリ」との暮らしが始まった。かわいい!
チリと犬たちとの心配で愉快で素敵な関係
チリと犬たちとの
心配で愉快で素敵な関係

 去年の秋からずっとネコの里親情報をウォッチし、4月末になってようやく希望の子猫情報が見つかった。ボランティアで保護ネコの養子縁組をする人とコンタクトして、面談の上でチリを譲り受けることができた。推定2ヶ月というあたりでやってきたチリの最大の課題は犬たちとの共同生活だ。連休だったのでぼくはネコ教育に全力投球、少しずつ犬たちとの接触を始めた。犬たちは異常な関心を示し、それが母性に訴えているのか獲物として狙っているのか分からずちょっと怖かった。2週間の順化を経て、結局両者は互いを仲間と認め、遊び相手として認識するようになった。
今年も楽しい春のバードウォッチング
今年も楽しい
春のバードウォッチング

 4月になると徐々に鳥たちが帰ってくる。あるいは北に帰る鳥たちが立ち寄ったりしてあたりが賑やかになる。アトリやカワラヒワが大きな群れで滞在して、冬の間に給餌したヒマワリの種の散乱分をあさったり、ウソたちがサクラやカエデの芽を食べたり、大きなツグミ類が雪解けすぐの地面でミミズを探したり、家の周りだけでもしっかり鳥を見て楽しめる。温室の裏にある小さな第2池にはエゾアカガエルやサンショウウオがたくさん産卵する。それを狙って各種の鳥が来るのだが、今年はノスリがよく来た。カエルを捕まえるとそれをメスにプレゼントしたりするからおもしろい。きっと求愛に成功して今頃は繁殖に入っているだろう。



●2016年3月
「安心なインド」と言ったら「歴史も文化も違う!」と叱られるかな
・・・・・のスリランカ旅行

 春と秋の年2回旅行に出る習慣になっている。特別強くどこかに行きたいというわけでもないのだが、日頃ずっと同じ場所で暮らしているから、たまには遠くへ出かけたくなるのですね。
 今回はスリランカ。昔はボルネオと呼ばれた島をぶらり周遊してきた。
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古都キャンディ
古都キャンディ

 首都コロンボが東京だとすればキャンディは京都にあたる、とガイドブックに書いてある。そう聞くと全然行きたくないのだが、交通の要所なので一泊。街は車で通過しつつ見物し、郊外の植物園でバードウォッチングをした。そう、今回は鳥見旅だ。そういう事にしておくと旅の輪郭ががくっきりして、なにかと便利なわけですね。ヨーロッパからの旅行者が多いから、鳥見は納得されやすいし、名所旧跡に行かない口実にもなる。
スリランカ、首都はコロンボ
スリランカ、首都はコロンボ

 広大なインドにぶら下がるようにしてインド洋に浮かぶ島がスリランカ。北海道の8割ほどの国土に2000万人が暮らしている。仏教徒のシンハラ人が7割、ヒンドゥのタミール系が2割、イスラムとキリスト教徒で1割、という構成らしいけど、実際に行ってみると、その人的区別が全然分からない。赤道のすぐ北だから当然むちゃくちゃ暑い。ただし、キャンディ方面に行くと高度が上がってやや涼しくなるし、もっと登ると長袖が必要になったりするからうれしい。首都コロンボは、古い西欧の建築と庶民の暮らす雑踏のミックスで完成していた都市を、急速な近代化が破壊する、というアジアのどことも同じ混乱にある。近代的な高層ホテルに泊まり、西欧人が残した古い建築を眺め、庶民の街でバナナを買うのであった。
インド洋の海辺にて
インド洋の海辺にて

 コロンボの南にあるゴールの街はアラブ商人、ポルトガル人、オランダ人、最後にイギリス人という風に砦の所有者が変遷した古い都市だ。砦周辺は面白かったが、今回はジェフリー・バワという「南洋建築家」の作った高級リゾートに泊まることにした。バワの建築はあらかじめ写真で見ていて、実物にそれほど感銘を受けなかった。西欧の団体客が多く、イギリス、ドイツ、フランスという順位だった。それに混ざって日本の中高年の皆さんが登場したので他人のふりをした。近くの漁港に魚の市があり、シーフードのレストランがあった。このあたりは2004年の津波の影響を受けたところだ。
シンハラジャ森林保護区
シンハラジャ森林保護区

 実はここが目的地のひとつで、昔のセイロンの自然が残された聖地とされている。ゾウやジャガーのいるサファリ的国立公園ではなくて、森なので野鳥や昆虫なども多いらしい。情報不足でどう探索していいのか分からなかったが、現地に行くと案内システムができていた。入り口で入園料を払い、するとガイドが現れてこの人の案内で決められたコースを歩くのだ。しかしガイドは誰も結構知識があるし観察力も鋭い。あれこれおもしろいものを見せてくれた。ぼくのガイドはペマチャンドラさん48歳、うんと遠くの猿を見つけたり、10センチの子ヘビを捕まえたりすごい。
シンハラジャの生き物たち
シンハラジャの生き物たち

 森の探索路は平坦な林道のようなもので、距離もそれほど長くはない。ネット情報にあったもっとワイルドな探索はどこかの宿のおじさんが独自にやっているものらしい。公式案内コースには西欧からのバードウォッチャーが多くて、結構ベテラン風の人もいた。皆さん一様にスワロフスキーの双眼鏡で、たまにぼくと同じライカの人がいる。かなり沢山の鳥を見たが、写真に撮るのはやはり難しい。写真右上下はスリランカの固有種。といってもカケスと野鶏。色が似ているのは偶然だろうか。左上は珍しいサル、下は地味なナナフシ。
ヌワラエリアの茶園にて
ヌワラエリアの茶園にて

 バードウォッチングと並んでもうひとつ、有名な紅茶の産地を見物しておこうと思った。セイロン紅茶はもちろん有名なのだが、それはまた地区別の特産になっている。標高による区分が大雑把な分類だが、それをたとえばキャンディとかヌワラエリアとかウバとかの地名で呼ぶ習わしだ。キャンディからヌワラエリアへと登る道沿いに英国人が作った茶園が並んでいる。写真はマックウッドという茶園で、遠くの看板はハリウッドの看板のパロディらしい。上から下まで山全体が茶園だ。
茶園で働く皆さん
茶園で働く皆さん

 お昼になったら斜面の上の方から茶摘みの皆さんが降りてきた。収穫した茶葉の袋をかつぎ、それぞれ竹棒をもっている。棒は摘み高を見る目印に使うのだそうだ。この人たちはタミル系なのだと思うが、茶園の歴史を読むと英国人によってインドから連れてこられたらしい。急斜面に作られた茶園の労働は過酷だと思うし、決して楽な暮らしをしているわけでもなさそうだ。あれこれ言いいながら紅茶を味わうだけで申し訳ない。右はお茶売店のお姉さん。



●2016年1月
さあいよいよ新しい年だ。まずは心機一転、がんばっていきましょう。
今年の冬は全体としては暖冬ということになりそう。比較的雪が少なくて、除雪作業が楽だ。
なんて言ってるとまたドカンとくるんだろうけど、これもやっぱり温暖化の影響なんだろうか。
今年は参議院選の年。なんとかしてアベ自民右翼政権をやっつけたいものだ。皆さんよろしく。
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1966年、ぼくたちは20歳だった
1966年、
ぼくたちは20歳だった

 大学のクラス会をやることが決まり、誰かが昔々の写真を発見してみんなに配ってくれた。1966年(昭和41年)の春、一般教養から学部に移る際の記念写真だ。場所は立教大学の本館前で、クラスのほとんど全員が写っている。写真と氏名が一致するのはおよそ半分だが、50年前のことにしてはよく覚えている。不肖私は最後列で笑っているが、その左右に柔道部の友人がいる。山岳部のぼくを入れた我々3名だけが運動部に所属していた。残念なことに結構多くの級友が逝去していることが判明したが、中央にいる指導教授、原川先生は健在だ。
それから50年、再集合することになった
それから50年、
再集合することになった

 昨年の11月立教大学経済学部N組のクラス会が開かれた。昔からある学生食堂の一角にクラスのおよそ半分ほどが再集合した。おおなんと、誰も彼もしっかり50歳分年をとっていて、いやはや名前を聞くまで誰だか分からなかったりするのである。英文学の原川恭一教授は80歳になられるそうだが、すこぶる健在でかくしゃくとしておられた。これがなにより嬉しいことだった。クラス随一の有名人はワイルドワンズの鳥塚しげきで、先生と彼を中央に50年前と同じ集合写真を撮影した。体育会3名は中央ですこぶる健在。
バグパイプの皆さんが来てくれた
バグパイプの皆さんが来てくれた

 机周辺にカメラがたくさん散らばっていて、その都度適当に使うものだから、中には写したまま忘れているようなものもある。この写真も昨秋に撮影したままになっていたのだが、ちょっとおもしろいのでここに掲載させてもらう。バグパイプの団体は「余市パイピング・ソサイアティ」という名称で、もう25年も前から活動を続けている。昨年はNHKのドラマの影響でひっぱりだこだったらしい。祖父の故郷スコットランドの楽器だし、ずっと以前の訪問で練習用のパイプを入手していたこともあり、皆さんの指導を受けることにした。中央の新谷さんがグループのリーダーだ。もと余市の副町長で、現在は余市医師会の事務局長をされている。ランちゃん尊敬のまなざし。
エゾマイマイカブリの怪
エゾマイマイカブリの怪

 これもまた同じカメラに入っていたカットで、エゾマイマイカブリという甲虫の写真だ。オサムシの仲間で全長が4センチ近くある割合大型の昆虫だ。名前の「マイマイ」はカタツムリのことだが、これを食べる様子がまるでマイマイをかぶっているようなので、こう名づけられた。オサムシの仲間はきれいなものが多く、前に載せたオオルリオサムシなど、芸術的ともいうべき色彩になっている。このマイマイカブリも胸の部分が緑できれいだ。そしてこれがなぜか毎年晩秋になると2階の物置部屋にやってきて、そこでこと切れるのである。おそらく越冬のためにレンガ壁をよじ登って3階上の換気口から建物に入り、そこから2階へ下るのだろう。経路は不明だが、嬉しい秋の贈り物なのである。
コラ!そこからどきなさい!
コラ!そこからどきなさい!

 と窓越しに声をかけても一向にひるむ様子のないエゾリスの「キキ」あるいはその仲間である。本部建物の南端にあるウィングにも今年から鳥のエサ台を設置したのだが、鳥とともに早速やってきたのはリスの諸君である。いつもの北側勝手口のエサ台に2頭、ウィング側に2頭の合計4頭ぐらいが建物回りで暮らすようになってしまった。キツツキのヤマゲラが空けた「破風」の穴に住んでいる様子もあって、時々そこから断熱材を外に放ったりするからちょっと不安になっている。この写真はカメラからリスまでおよそ40センチほどで、間にガラスがあるからだろう、彼はまったくこちらを気にしない。もしかしたらすごい近眼なのかも知れない。
まずはともかくお正月なのであった
まずはともかくお正月なのであった

 有巣、仁木のふたりの息子はどちらも勤務医で、若いからあまり勝手なこといは言えず、勤務シフトも自由にはならないらしい。大晦日から新年にかけて集合しようと思ったがどちらもダメで、結局2日になってからの全員集合になった。数日ずれた新年のお祝いはおせち料理を食べるぐらいしかやることもなく、みんなで卓上ピンポンに興じたりするのであった。中心になるのはやはり仁菜で、4歳の彼女は実に利発でかわいい。目に入れても痛くないという種の「孫かわいい」ではなくて、その成長ぶりに驚いたり感動したり、あるいは将来への希望や期待がふくらむのである。仁菜の成長とともに仁木の父親としての成長にも瞠目している。
間違いだらけの車選び<その3>
間違いだらけの車選び<その3>

 長男有巣の愛車は写真のボルボ240だ。ステーションワゴンの原点とも呼びたい歴史的名車だ。もちろんワゴンだけでも数々の名車があるのだが、240は広く使われたいわゆる「大衆車」だった。そこに価値があるようにも思うし、仁木が使っているボルボのV70などもここを原点として進化した車だ。残念ながらボルボはこの240から70への進化のあとで迷走しているようにも見える。次号にでも紹介するが、P44とかアマゾンなどから車暦を始めたぼくからするとボルボの衰退は残念だ。ところでこの240、昔ながらの二輪駆動だ。春から喜茂別町の診療所長になる有巣君、どこまで二駆でがんばるのだろう。もうひとつ冬用車を持とうか、なんて軽くおっしゃるのであった。



●2015年10月−2
夏から秋へ季節はどんどん深まって、白銀の冬がすぐそこまできている。
植物も鳥たちも昆虫も、春から続く最後の季節を惜しむようだ。
ベリーや庭木の冬囲いに忙しい毎日です。
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オオスズメバチの襲来
オオスズメバチの襲来

 9月の下旬、菜園の片すみにある野鳥観察小屋の壁がにぎやかだった。近づいてみるとスズメバチが騒いでいる。としか最初は思えなかったのだが、よく見れば大小のハチがいて、大きい方はその姿からしてオオスズメに違いない。何年か前に目撃したから分かったのだが、これはオオスズメバチが別のスズメバチを襲撃しているところだ。襲われているのはモンスズメバチ。普通に言えばモンスズメだって充分脅威なのだが、この日はひたすら守勢の弱い存在だ。オオスズメは防衛隊を次々にかみ殺し、巣から幼虫を奪っていく。観察小屋の床のあたりに巣があったみたいだ。ノコギリを出してきてオオスズメを一匹叩き落とし、「アマゾン・ボンド・コレクション」に加えておいた。
ギンちゃんとうとう7歳!
ギンちゃんとうとう7歳!

 なんだかついこの前に来た気がするギンちゃんだけど、1 0月の誕生日で7歳になった。犬の一生は短くて、わが家のプードルたちは平均して12年程度だ。だから一年ごとというか一日ずつが大変貴重になる。とりわけギンのようにこちらの暮らしにぴったりなじんで、いわば家族の一員になった犬は大切だ。時にそんな感慨をもって彼女を見つめたりすれば、なんだか気持が伝わったかのように見返してくるのでいささか切ないのである。その点ぼんやりランについてはあまり心配がいらない。二頭飼ってみて「プードルの白」に結論が出たのだが、彼らは奔放で無邪気なぼんやり犬だ。だからランについてはあきらめつつ可愛いがる、ということで気が楽だ。プードルはやはり黒かシルバーですね。
銘木エゾヤマモミジ
銘木エゾヤマモミジ

 本部の建物を建てた時から本格的に庭づくりを始めたのだが、最初にやったのは大きな庭木を配置することだった。母親の家が完成した3 0年ほど前に敷地一周にスプルスやカエデの若木をぐるりと植えて、畑だった丘を住宅用地に模様がえした。その後、本部のレンガ建築は1996年の完成で、今からちょうど20年前になる。札幌のKさんという園芸屋さんにお願いして、十本ほどの大きな木を探してもらい、大型クレーンを使って庭に配置したのだった。中でも一番立派だったのが写真のヤマモミジで、K さんによればこういう木を「ロータリー木」と称するそうだ。以来このヤマモミジは建物正面の位置にどんと控えて庭全体の重心のような役割を果たしている。新緑も紅葉もひときわ見事で、重鎮と呼びたい風格である。
間違いだらけの車選び<その2>
間違いだらけの車選び<その2>

 東京にレンジローバーを見物に行った時には、旧友でもとジャガージャパンの小石原君が案内してくれたのだが、その彼が乗っていたのが写真と同じデイムラー・ダブル・シックスだった。さすがにおしゃれな小石原ならではの車選びだと感銘したのであった。レンジローバーの新型を見に行ったはずがデイムラーに感動して帰ってくるという変なことになったのである。そのダブル・シックスが思わぬことから手に入ってしまった。いきさつは省くけど、勢いで決断、ということです。容姿に惚れて見境なく結婚、後で苦労する、という典型的な悲劇に突入した、この車を知る誰もがそういう主旨のことを言うが、新婚時代にあるぼくの耳には入らない。あくまで優雅で上品なこの車を目下のところ大いに愛しているのです。
仁菜ちゃんのハロウィン・ランタン
仁菜ちゃんのハロウィン・ランタン

 仁木からラインで連絡があって、仁菜とハロウィン・ランタンの写真が送られてきた。不鮮明だけどこの際だからここに加えてしまおう。先週に一家で遊びにきた時に畑で収穫したカボチャで、おばあちゃん(宇土巻子のこと)が種から育てたものだ。早春の温室で野菜の種を蒔き、初夏に苗を菜園に運んで育て、秋になって収穫をする、という各種野菜の栽培に入っていたアイテムだ。ずっと昔、有巣や仁木がまだ幼かった頃、秋になるといつもこのランタンを作っていた。中にキャンドルを入れていくつも並べてはみんなで見物したものだった。それから30年、仁菜が登場してずっと昔の行事が復活したみたいだ。30年というのはつまりこういう時間のことなのだ、と深く思った。次の30年が過ぎて仁菜の子供が4歳になった時、彼女は庭にカボチャの種を蒔くのだろうか。
いよいよ本格的な雪だ
いよいよ本格的な雪だ

 このページを作っている今日、10月25日の日曜日、昨夜からミゾレ混じりの雪が舞っていたが、とうとう本格的に雪になった。夕方になって光が見えたので、犬たちと外に出てみた。紅葉がほとんど終わり、落ち葉の上に湿った新雪が積もっている。いつもながらの光景だが、やはり人をして寂しく思わせる晩秋なのである。もっともこの雪も数日すれば解けて、また枯葉の風景にもどるだろう。そうなってもらわないとまだ冬の準備が終わっていないこちらとしては大変困る。写真のベンチも倉庫にしまう予定だし、バラも背の低い庭木も縄で巻き上げて雪に備えることになっている。カツラの生垣は専用のすのこ状の板で全部保護しなくてはならない。



●2015年10月
夏から秋へ季節が大きく変化していく。
秋は風景がきれいで嬉しい季節だ。
9月から10月へ、あたりを眺めながら過ごす毎日だ。
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●スコットランドへ行ってきた
8月下旬、スコットランドへ旅をした。エジンバラで「ミリタリー・タトゥ」という軍楽隊のフェスティバルがあるので、これを見物するのを一応の目的にして、あとはいくつか買い物とぐるっと観光が目的だ。前回の訪問はもうずいぶん前になるが、エジンバラから東海岸を北上して、最後はシェットランド島へ行った。その時は羊やウール関連に集中していて、シェットランド訪問もそれが目的だった。
今回はもう少し北上してネス湖を眺めたり、ハイランド地方の山道をドライブしたりして、その荒涼たる風景を楽しんだ。母の世話であれこれの旅行計画がどんどん狂ったが、いよいよ挽回、あちこち出かけようと思っている。
スコットランドのハチ公
スコットランドのハチ公

 渋谷駅前のハチ公像は有名だが、エジンバラにも同じようはワン公がいて、名前をボビーという。正式には「グレイフライアーズ・ボビー」というそうで、さすが犬の国だけあって苗字がある。ハチ公の苗字は上野博士が飼い主だから「上野ハチ」になるんだろうか。なんだか格調に欠ける気がする。渋谷のハチ公は上野博士を9年待ったというが、ボビーはなんと14年も飼い主の墓に通ったというからすごい。
 エジンバラの古い街を歩いていたらこの像に出会ったのでひとまず記念撮影。みんなが触るからボビーの鼻はそこだけ地金の色になっていた。背後のパブの看板にボビーとあるが、ロイヤル・マイルのあたりは一大観光地であった。
「エジンバラ・ミリタリー・タトゥ」を見物
「エジンバラ・ミリタリー・
タトゥ」を見物

 「タトゥ」というのは入れ墨のことだと思っていたら、もうひとつ意味があって「軍楽隊の行進」をそう呼ぶのだそうだ。毎年夏になるとエジンバラ城の広場にスタジアムが作られて、ここで軍楽隊のフェスティバルが開かれる。有名なお祭りらしく世界各地からこれを目当てに観光客がやってくる。スコットランドの軍隊とその楽団が中心だから、当然バグパイプ音楽になるわけで、数百人がこの楽器を演奏すると猛烈な音響、大迫力である。少女たちの民族舞踊があったり、ゲストとして外国の楽隊が演奏したり、次々とプログラムが展開する。ぼくの席はV IP席のすぐ前だったが、いかにも貴族という人たちのそばでこちらにも圧倒されるのであった。まずはおもしろかった。
バグパイプを注文する
バグパイプを注文する

 今年の冬から余市のパイプバンドに通ってバグパイプの練習をしている。ずっと前のスコットランド旅行の時に練習用の「チャンター」を買ったのだが、先生がいなかったのでそのまま放置してしまった。最近になって余市にバンドがあると聞いておそるおそる門を叩き、入門することにした。年寄りの冷や水、だけどほっといて。バグパイプの練習は専用の小型パイプでやるのだが、いずれは本格的な楽器を演奏するはずだ。その日に備えてパイプメーカーの名門、ファイフ郊外の「シェファード社」を訪ねた。工場長のロス・ワトソンさんが親切に案内してくれ、製造工程を見せてくれた。ほどほどのバグパイプ一式を揃えて送ってくれることになっている。
ハイランド・ゲームを見物する
ハイランド・ゲームを見物する

 夏になるとスコットランドの各地でハイランド・ゲームというお祭りが開催される。どちらかというと「村祭り」というようなものだろうが、プログラムが結構おもしろい。バグパイプの行進やコンテストは当然メインだが、少女たちのダンス競技もあるし、丸い石を投げる砲丸投げとか丸太をかかえて放る競技とか、愉快千万。ある晴れた土曜日にアバディーン方面の田舎町で開かれたゲームを見物した。近隣の町村がそれぞれのパイプ・バンドを持っていて、それらが次々と演奏を披露する。自慢の腕前を披露するわけだが、見物していて楽しいのはその衣装のバリエーションだ。写真のバンドはユニークなグリーンで、ひときわ見事だった。
ネッシーはいなかった
ネッシーはいなかった

 スコットランド北部にはたくさんの湖があるが、なかでも有名なのがネス湖だで、「ロッホ・ネス」と呼ぶ。インバネスという北海沿いの町から西に向かって、延々と湖が続いていく。暗く重たい空の下、朝夕は霧が立ちこめていて、これじゃネッシーのひとつも出てきてもらわないとやりきれない。湖岸をずっと南下するとフォート・ウイリアムという町に至る。この町の裏にベン・ネイビスという山がそびえていて、わずか1 3 0 0mだけど英国最高峰なのだそうだ。山の名前を使ったウイスキーの醸造所があるのだが、これをわが地元ニッカウヰスキーが買収したらしい。訪ねてみたが、残念ながら日曜日なのでお休みだった。
「ニュー・ラナーク」訪問
「ニュー・ラナーク」訪問

 その昔、ロバート・オーエンという人がいた。19世紀に生きた英国人で、ある種の社会改革家であり空想社会主義者とも呼ばれる。労働者階級に生まれたが、グラスゴー郊外にあるニュー・ラナーク紡績工場の経営者になり、これを大成功させた。産業革命以後の英国社会では労働者が過酷な環境に置かれたが、オーエンは工場の利潤よりも労働者の生活改善や子供の教育に力を入れた。後にアメリカに渡り、「ニューハーモニー」という共産社会を作ろうとするが失敗、全財産を失った。シェーカー教団の成功とよく対比される。広大なニュー・ラナーク紡績工場一帯は世界遺産に登録されていて、建物のひとつがホテルに改造されている。ここに泊まってオーエンについて少し学んだ。



●2015年8月
いやはや滅茶苦茶暑い夏である。
北海道でこんなに暑い夏なんて、在住30年にして初めてのことだ。
こっちはもっと暑いんだから、と本州方面の方は言うかも知れないけど、
代償として極寒の冬を耐えた上でのこの猛暑、空に向かって抗議したくなるわけですね。
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今年もドロームで「エコキャンプ」
今年もドロームで「エコキャンプ」

 札幌の「エコネットワーク」と北海道新聞共催の「エコキャンプ」が今年もドロームのキャンプ場で開催された。参加者は定員40名の親子組だ。ぼくの担当は池でニジマスを釣って夕食のおかずにするコース、といってもただ釣るのではなくて、魚の体の仕組みを理解しよう、という主旨になっている。もうひとつの担当は「昆虫相談所」の所長で、子供たちが捕まえてきたムシについて名前や性質を教えることになっている。といっても昆虫の種類は猛烈に多いし、こちらも初心者だから図鑑を片手に「きっとコレだね」なんていい加減この上ない。夜にやったバナナトラップが空振りで、「たくさん採れるぞ」と豪語したおかげで子供たち全員に非難された。
アリス・ファームがフランスのカフェになる
アリス・ファームが
フランスのカフェになる

 香港台湾日本合同の撮影隊がやってきて、アリス・ファームとドロームでコマーシャルの撮影をやった。こちらは場所貸しなので気楽なものだが、炎天下本格的なムービーの撮影だった。監督という人はその筋では有名な人物なのだそうで、気に入るまで何度も同じカットを撮影する。聞くところによると、初老の夫婦が車でフランスを旅しつつ、30前の旅を思い返す、というようなお話らしい。聞いてすぐ思ったのは、昔々のヘップバーンの映画『いつもふたりで』だ。よく覚えていないが、若い頃はヒッチハイクかボロ車、中年になって成功してからはおしゃれなスポーツカーだった気がする。今回の撮影でも古いVWのコンバーチブルを使っていた。
オオルリオサムシ!
オオルリオサムシ!

 北海道を代表する昆虫オオルリオサムシ、別名「歩く宝石」なるこの貴重品を今年は3頭ゲットした。去年の夏、初めて捕まえた時には手がふるえたが、同じ場所で今年は一挙に3頭。写真ではなかなかその光沢が伝わらないが、光の角度によって微妙に色合いが変化して妖艶に美しい。ずっと昔には他の甲虫と同じく飛ぶことができたのだろうが、やがて羽根は退化してひとつながりの甲羅になった。以来ひたすら歩行によって種を維持してきたので、地域差がどんどん広がり、色あいや光沢に大きな違いがある。わが赤井川村産は上ふたつの緑金色と下の銅金色の2色があるらしい。3頭も採ったのでそれ以後はオサムシ用のピットトラップをやめている。もうひとつアイヌキンオサムシという珍種が次の目標だけどしばらくはお休み。
新式バナナトラップの威力絶大!
新式バナナトラップの威力絶大!

 樹液に集まるムシを採るのは昆虫採集の基本的だが、その樹液を人工的に作って昆虫を集めてしまおう、というのがトラップだ。教科書に出ているバナナトラップは普通、バナナに焼酎などを加えてからストッキングのような網状のものに入れ、それを木に吊す、という方式だ。このトラップがうまくいって甲虫類が集まった、ということもあるが、各地での経験からしてどうもいまひとつの印象だ。ランカウイ島ではトラップごとサルが持ち去ってしまって話にならなかった。なにかもっといい方法がないかとネットを検索していたら、ある人が画期的な方式を紹介していた。同じくバナナを使うのだが、各種材料を加えて発酵させ、それを直接木の幹に塗りたくってしまうのだ。やってみたらこれがすごかった。クワガタが大量に来てびっくりした。
ハウチワカエデに再挑戦 伊藤さんありがとう!
ハウチワカエデに再挑戦
伊藤さんありがとう!

 去年の誕生日に植えたハウチワカエデ、別名メイゲツカエデは春になっても芽を出さず、結局枯死が明らかになった。購入した苗木屋が言うとおり鉄砲虫、つまりカミキリの幼虫が幹に入っていたらしい。原因は分かったが墓地の中心位置の木がなくなってしまったので大変困る。
これとは別に、札幌農林の伊藤さんという人に庭木をいくつか頼んであった。長年おつきあいがある信頼すべき人物だ。春先に庭木を届けにきてくれた伊藤さんに、ハウチワも探してもらえないか依頼した。主幹型のハウチワというのは少ないのであまり期待していなかったのだが、さすが伊藤さん、どこかから探し出して遠路届けてくれた。木の種名をラテン語でさらりと口にする伊藤さん、写真中央の人物である。
猛暑の夜は外に出て・・・・・
猛暑の夜は外に出て・・・・・

 レンガの家はいわば洞穴住宅だから、外気温と無関係に内部は割合一定の温度になっている。冬の外気温をレンガに貯めこみ、夏の暑さをまたレンガに貯める。その蓄熱をゆっくり放出するので、夏に涼しく冬に暖か、ということになる。外気温が描く温度グラフを半年分ずらして室内の温度曲線が描かれる。ひとまずそういうことになっている。しかし問題は開口部だ。レンガ壁の厚さは50センチを越えるから充分なのだが、ドアや窓は圧倒的に薄い。おまけに木材やガラスは熱を伝えやすいから、内外の温度を簡単に通過させてしまうのだ。というわけで、クーラーボックス的住宅のはずなのに、それでも夏は結構暑いのだ。夜9時、犬と庭に出る日課だが、外のひんやりした空気がとても嬉しい。



●2015年7月
7月中旬になってようやく夏めいてきたが、それでも夜には10度近くに気温が下がる。
涼しく爽やかな北海道の夏だ。
ずっと低温だったから昆虫が少ないのが残念だが、もう少し待つことにしよう。
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仁菜ちゃんのブランコ
仁菜ちゃんのブランコ

 小樽に係留しておいたヨットを処分したのだが、使わなくなったロープ類を家に持ち帰った。何に利用しようか考えて、まずはブランコを作ることにした。仁菜がブランコ好きだと聞いていたから、彼女へのプレゼントだ。もちろんブランコなんて初めてだから、どう作っていいのかよく分からない。アメリカのネット情報を探ると結構たくさん画像があったので、それらを参考に適当にやってみた。結果はまずまずの仕上がりで、木部を赤く塗ったらそれなりにかわいいデザインになった。仁菜ちゃんが大喜びしてくれたのがなによりだ。ロープが長いのでかなりのストロークになるのだが、彼女は勇敢にブランコ遊びに興じていて、「大人はダメ」とか言って誰にも渡さないのである。
ランちゃん1歳の誕生日、「返品」の危機
ランちゃん1歳の誕生日、
「返品」の危機

 早いものでランもとうとう1歳になった。毎日元気に飛び回っていて、見ているだけでおもしろい。しかし問題も多い。ギンが散々小さいと言われ続け、プードルじゃなくて「プドル」だ、なんて非難されたから、今度は大型を、と希望してそれらしき子犬を入手したはずなのに、一向に大きくならないのである。1 歳になってもまだギンより小さくて、この先もあまり見込みがない。イギリス人がきて「本当にスタンダードか?」というので「ジャパニーズ・スタンダードだ」と答えたら納得していた。宇土有巣に言わせると「プードルの軽」ということになる。「大きくならないと返品だぞ!」と毎朝脅かしているが、本人はそんなこと全然気にせず、今日も元気に遊んでいる。かわいいといえばかわいいが、やや困った「小型ぼんやり犬」だ。
「アマゾン標本箱」が増える
「アマゾン標本箱」が増える

 昆虫採取には一定の流儀があって、その教科書などもあるのだが、去年からぼくはどこにも載っていない独自の方式を試みている。と威張るほどのものでもないのだが、拾ったり捕まえたりした虫をそのままボンドでボール紙に張りつけてしまうのだ。整形しないから手足はバラバラで、並びも順不同、割合貴重な虫も平凡な虫もぎっしり張りついている。
 このボール紙はアマゾンに本を頼んだ時に配送されてくる箱に入っていて、ついでにその箱を標本箱に使っている。フタを閉じると重ねて置けるから増えても大丈夫だ。散歩していて虫がいたら毒ビン( これも独自開発のプラスチック容器) に放りこみ、帰ったら即ボンドで張りつけ。イージーで申し訳ないようなものだが、結構楽しんでいる。
カミキリムシはかわいいなあ!
カミキリムシはかわいいなあ!

 「アマゾン標本箱」には特に決まりはなくて、そこらで見かけた虫ならなんでも張りつけてしまうのだが、蝶や蛾は展翅が面倒なのでパスすることにしている。ひとまず蝶蛾は写真で記録、ということにしている。
 春から菜園や散歩道の雑草で虫探しをしているが、花に来るカミキリやハナカミキリの類が楽しい。1−2センチ程度のものが多いが、ルーペでよく見れば結構きれいな種も多い。写真左はハンノアオカミキリで、緑の光沢がすごくきれい。こんな宝石みたいのがそこらを歩いているなんてなんだか奇跡みたいに思える。写真右はモモブトハナカミキリ、菜園のルバーブの花にいたカップルを捕まえた。名前の通りモモブトなのがおかしいでしょ。
仁菜ちゃんカヌーに乗る
仁菜ちゃんカヌーに乗る

 札幌のスポーツ店「秀岳荘」が主宰する「カヌーキャンプ」も今年で30周年、最終回になる。というニュースを前の週にドロームで開かれた「スノーピーク」のキャンプで聞いた。最終回ならやっぱり顔を出そう、と決めて仁木一家と洞爺湖の会場を訪ねた。このイベントでずっとゲストを続けているのが野田知佑御大で、昨夏以来久しぶりに会って旧交を温めた。野田さんの他にも獣医の竹田津実さんや元テレビマンの杉本さん、秀岳荘の金井さんなどたくさんの人たちと再会して楽しかった。カヌー体験というようなプログラムがあったので、飛び入りで仁木一家が参加させてもらった。仁菜ちゃんは生まれて初めてのカヌーに大喜び。
間違いだらけの車選び
間違いだらけの車選び

 というシリーズがあったけど、車選びはいつも間違っているといえるし、どれだって正解といえなくもない。動く限りみんな同じ、という開き直った見解がある一方で、より素敵な車を求める気持も押さえがたい。無茶苦茶種類のある車の中から自分の好みのものを選び、ひとたび選んだらそれを「愛車」として長く大切に使う、これが正しい車選びなのだと思う。そう思うのだがあれこれ予期せぬ問題も生じてくるわけで、昨年手に入れたばかりのEタイプのステーションワゴンを早くも手放すことにした。誠にもったいないことをしているのだが、ともかくそう決断したので居合わせた仁木君と一緒に最後の記念撮影をした。仁木の車はぼくが譲ったボルボのV70だ。さて次は。



●2015年4−5月
嬉しい春が今年もやってきた。
何度くり返してもやっぱり春がくると嬉しくて、毎日あたりを眺めつつ暮らしている。
大げさで笑われるかも知れないが、この日常こそ人生の目標だったのだ、なんて思ってるわけです。
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ここが春の本拠地
ここが春の本拠地

 いきなり自分の写真で恐縮ですが、春の暮らしの中心地はこの「ウィング」と呼ぶ部屋にあるのですね。もともとは犬たちの部屋として付け加えた木造部分だけど、窓を大きく取ったので大変見晴らしがいい。犬たちには囲いを作って夜はそこに入ってもらうことにして、ウィングはもっぱら自然観察部屋になっている。正面の庭から菜園側、下のベリー園側と3方向を眺めわたすことができて、あたりに来る野鳥の類をのんびり観察できる。春先は鳥が多いから、困ったことにひとたび双眼鏡を手にするとここから離れられなくなってしまう。窓の向こうはわきたつシラカバの新緑、ぼくは限りなくハッピーなのです。
「おしどり池」にオシドリが来たのだが
「おしどり池」に
オシドリが来たのだが

 上の写真の左側、シラカバ林の下に池を作ったのは去年のことだった。本庭の池から続く水流には途中いくつかの池があるのだが、ここにはよくカモの類がやってくる。こっそり観察するが彼らは結構神経質で、ちょっとしたことで飛び立ってしまう。そこで、少し離れた建物から見物してやろうと思ってこの池を作ったわけ。時々オシドリが来てるから名前を「オシドリ池」ということにしたが、期待どおりにオシドリが多い。最大では3組6羽に独身オス1の7羽が池にひしめいたのである。そのうちひと組が常住するようになり、裏にある大ヤチダモの樹洞に営巣するそぶりであった。よーしこれで子供も見ることができる、と大いに期待して毎日ウィングからの観察したのであったが‥‥‥‥
容疑者2名について
容疑者2名について

 オシドリはドングリが大好き、ということになっているが、実際にはかなり色々なものを食べているらしい。ネット情報ではマメ類などを提供するとあったから、ぼくも収穫のあまりなどをあげることにした。そんな幸せな関係が続くある日、早朝に窓から眺めるとメスの姿がない。双眼鏡で詳しく見ても見あたらず、もしかしたら産卵に入ったのかなと思った。ところがよく見ると池に羽毛らしきものが浮かんでいる。一瞬にしてぼくは悟った。そうかあいつらにやられたんだ。少し前にテンの姿を見かけたし、キツネも時々歩いている。夜にどちらかに襲撃されたに違いない。かわいそうに残されたオスはひとり池に浮かぶばかりだ。写真左は急遽池端にしかけた箱ワナに入ったテンで、余市方面に移住してもらった。キツネの方は今日もあたりを徘徊している。
ランちゃん大手術、でも元気
ランちゃん大手術、でも元気

 犬が好きで犬なしで暮らせないのだが、飼う犬には一応方針のようなものがある。長年の経験から「洋犬大型長毛種のメス」という路線が定まってしまい、結局スタンダード・プードルがわが家の犬になった。ボンちゃんからランちゃんまでに20年を越えて4代目になる。
 メスを選ぶのにはいくつか理由があるのだが、マイナスもなくはない。そのひとつが婦人科系の病気にかかる、という問題で、対策を立てないとほぼ全員に子宮や乳房の異常が現れる。対策というのは子宮を切除することで、一歳未満でこの手術を受けることにしている。アンジェリーナ・ジョリーなのである。手術後はカラーをつけて暮らすのだが、こちらが思うほど本人は気にしていないみたいだ。
変なムシがいたぞお!
変なムシがいたぞお!

 二階の東側の窓からは裏山のふたつの池が見渡せる。遠いけどカモたちに気づかれずに観察できるので、時々こちらからも池を眺めている。そんなある日、ふと窓枠の片隅にもぞもぞ動くものを見つけた。ワッ!変なムシ!というのが最初の印象だが、ひとまずビンに入れて自室に持ち帰り、素性を調べることにした。ところが図鑑類には一向に姿が見あたらず、半分諦めかけた。そんな時、ふと思い出したのが「羽根のない蛾」の話で、それを読んだ本を苦労して探し出した。ビンゴ!である。彼女の名前は「チャバネフユエダシャク」という。チャバネかどうかは不確かだけど、エダシャクのメスには違いない。なぜ冬なのか、なぜ羽根がないのか、の話は『蝶を育てるアリ』(矢島稔・文春新書) に詳しい。決して愛すべき姿とは言えないが珍しいムシに出会って幸運だった。
「もしかしたら」のバードウォッチング
「もしかしたら」の
バードウォッチング

 春は野鳥観察の季節だが、領土内でしか鳥見物をしないからほとんどの鳥はおなじみさんだ。姿や声で「ああ、ことしもアレがいるな」というぐらいで、双眼鏡で眺めるのは念のための確認。と言っても野鳥の姿や声がかわいいことには違いなく、やあやあと挨拶を交わす気分だ。みんな知り合いのはずなのだが、時として見慣れぬ鳥やなんだかちょっと違う様子の鳥に思えることもある。初対面の鳥が来ることももちろんあるわけだから、そういう時は慎重にその特徴を覚えることにしている。今春ではいつものウソの他に「もしかしたらベニバラウソ」がいたし、写真のノスリも「もしかしたらケアシノスリ」だし、おしどり池に来たカイツブリは「もしかしたらカンムリカイツブリ」だ。多分違うけど、ついそう期待してしまうのである。
春のツグミ大集合!
春のツグミ大集合!

 春の雪解けに必ず帰ってくるのが大型ツグミ類で、いずれの皆さんも雪の下から現れる落ち葉をめくって下にいるムシ、特にミミズを補食する習慣だ。その落ち葉めくりが結構おおげさで、見ていておもしろい。サイズも大きいし動きも派手だから建物から見物するにはもってこいの鳥たちだ。
 写真左上がツグミで、かっては焼き鳥のためにかすみ網で大量に捕獲された。右上はトラツグミ、大きくて堂々たる姿だ。夜にヒューと鳴き、「ヌエ」と称されたこともある。左下はアカハラで、数が多い。右下はクロツグミ、春一番の歌い手だ。姿がちょっとひょうきんで、ぼくの好きな鳥ベストワンだ。この他にシロハラ、マミチャジナイ、マミジロなどがいるが、いずれも数回しか見てない。
仁木宅に「つるバラフェンス」を作る
仁木宅に
「つるバラフェンス」を作る

 仁木の家は賃貸住宅だが庭が広くてなかなか住み心地がよさそうだ。一家はここに腰を落ち着けるつもりらしく、周辺の整備に力を入れている。家主の承諾をもらいつつ放棄されたような灌木を整理したり、土に埋もれたブロックなどを取り除いたりしている。その彼らの庭の向こうにアパートがあって、窓どおしが向き合う格好になっている。できれば穏やかな形のブラインドが欲しいんだけど、という希望を聞いて、バラ用のフェンスを提案した。高さが2メートル、長さが9メートルのフェンス工事を請け負って、何回か札幌を往復することになった。写真は完成の時のもので、近くに住む有巣も見物にやってきた。



●2015年3月
 今年の冬はいつもと少し様子が違っていて、年末年始頃は結構雪も降ったし気温もそれなりに低かった。ところが2月の中頃からは急に気温が上がり、降雪もぐっと少なくなって、なんだか楽な冬になってきた。道東方面は低気圧の通過で厳しかったみたいだが、我々の住む道央は2月以降いわゆる「暖冬」状態、季節がひと月早くなっているように感ずる。楽でいいけど、これもまた温暖化の影響かと思うとそう心おだやかではない。
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窓口受付係2名
窓口受付係2名

 本部建物の通用口を入ると事務所があって、ちょっとしたカウンターがそこにある。郵便や荷物を受け取ったりする場所だが、最近は来客があると写真の2名が最初に挨拶に出ることになっている。黙って尻尾を振る場合もあるが、大概はワン!と比較的小声で鳴いて応対する。犬はいつもそうだが、来客の姿風体に応じて反応が違っていて、作業着姿の農家の人などには割合大きく吠え、背広ネクタイだと声は小さい。彼らなりの来客警戒度があって、その指数に応じて吠え声が異なる。ぼくが帰ってくるともちろん大きな声で鳴くが、これは声の質が違っていて、「お父さんお帰り!」と歓迎している、のだと思う。
仁菜ちゃんの初スキー
仁菜ちゃんの初スキー

 昔、有巣や仁木が小さかった頃、3月はクロカンスキーの季節だった。本部裏手の牧草地を中心にあっちの林、こっちの丘をスキーで歩き回った。3月になると雪が締まって歩きやすくなるし、野鳥も増えて散歩が楽しい。時によってはイタヤカエデの木からメープルシロップを採るようなこともやった。その後少年ふたりは村の「クロカン少年団」に加わって本格的にレーススキーをやるようになり、雪上散歩は犬の散歩の一部になっていった。
 今年の3月、仁木の子供仁菜がいよいよ3歳になって、彼女も伝統に従ってスキーで丘を登ることになった。週末ごとに一家でやってきて、3人で歩いている。ほほえましい家族の姿をぼくは庭から遠望するのである。
嶋田忠さんの新ギャラリー・カフェ訪問
嶋田忠さんの新ギャラリー・カフェ訪問

 札幌4人組の新年会がのびのびになったので、遅ればせながら嶋田忠さんの新ギャラリーをみんなで訪問しよう、ということになった。忠さんは札幌の事務所を畳んで、もともとの住まいがある千歳にギャラリー兼カフェを作ったところだ。ずっと前から撮影場所としていた千歳川のそばで、奥さんや娘さん夫妻がカフェをやっている。大きなガラス越しにエサ台が配置されていて、そこに次から次へと野鳥がやってくる。カフェの隣には撮影小屋も用意されていて、野鳥ファンには楽しい場所だ。ギャラリーには忠さんの写真が効果的に展示されている。写真右から嶋田忠、小川巌、岡田実の3氏、楽しい仲間である。
まっ赤なウソです
まっ赤なウソです

 毎年3月に入ったあたりから庭の野鳥が増えてくる。冬の間にずっといたカラの類やキツツキなどに加えて、新メンバーが顔を出し始めるのだ。そんなメンバーの中にこのウソもいるのだが、今年はどうしたわけか団体の訪問で、それも連続一週間も滞在していった。よく見るとカエデの新芽を食べているようで、それも新緑の早いギンカエデを選んでいる。更によく見るといつものウソとは違って胸の赤みが強い。これは図鑑で見たアカウソかベニバラウソに違いない、そう思って小川巌師に写真を送った。返事ではベニバラウソ、ということだったが、ネット情報をあさるとやはりアカウソの可能性が強い。「大雨覆先端の白」と「尾羽根裏の白線」がベニバラの決定的証拠なのだそうだ。いずれにしても嬉しい春の使者である。
「またカメラ買ったんですかあ?」
「またカメラ買ったんですかあ?」

 そう言われても仕方ない。去年の春には昆虫撮影用としてペンタックス2台とレンズ5本を買い、超接写ポケットカメラのオリンパスTG3も買った。それぞれ購入理由ははっきりあるし、今後ももちろん使用するつもりでいる。以前から持っているキャノンの高級機種もレンズ群もいざという場合に出動するよう待機している。方針に変化はない。しかし、人生には予想外のことも起きる。「これはもう買わざるを得ない」というようなカメラが忽然と目の前に現れてしまったのだ。購入はもう不可抗力なのである。
 キャノンの「パワーショットSX60HS」。この小型軽量カメラはなんと65倍ズーム、1365mmの撮影が可能なのだ。接写もできる。すごい!上のウソの写真もこのカメラを使って撮影したものです。どうもすいません。



●2015年1月
 昨年末、クリスマスの時期にマレーシア、シンガポール方面に行ってきた。目的は「蝶の宝庫」といわれるランカウイ島で乱舞する蝶たちに囲まれることだったが、いやとんでもない、滞在期間中ずっと雨降りで時には嵐のようだった。日頃の行いをしっかり反省してみたが、天よここまでひどい目に遭う覚えはないぞお。
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ヨットハーバーにて
ヨットハーバーにて

 ランカウイ島の北端にヨットハーバーがあったので寄ってみた。旧英国領ということで、島のあちこちで英名の表札がかかった豪邸を目にしたが、おそらくヨットもそういう人種のものなのだろう。後ろに見える山にはケーブルカーが架かっていて、マレーシア本土からの観光客で大にぎわいだった。チケットを買うのに並んで、乗車するのにまた並んで、という様子にげんなりして、結局ケーブルカーは乗らなかった。ここが典型だが、島中が同じような観光地になっていて、その様子はずっと昔の江ノ島とか熱海とかのようで、どこもかしこもヒジャブなる頭巾をかぶった人たちでいっぱいだ。悪天候で蝶探しの山歩きはできないし、あたりは江ノ島だし、どうしていいのか途方に暮れる毎日なのであった。
島で会った人たち
島で会った人たち

 肝心の蝶にはまるで会えず、カメラの接写レンズはほとんど出番がない。しょうがないのであまり意味もなく望遠であちこち写して回る。帰ってから見ると、道ばたの犬とかネコとか猿とか、人間だと子供ばかりが写っている。要するに撮影が容易なものだけ撮ったということ。写真左上の子はインド系、右上下はマレー系、左下はサル系である。このサルはシロマブタザルといって、そうどこにでもいるわけではない。とある廃墟に登ると、その裏のジャングルで偶然発見した。とてもかわいいが、結構警戒心が強くて撮影はむずかしい。島には犬とネコがすごく多くて、おもしろいことにネコがどれも大変友好的だった。ネコ!と声をかけると必ずナオと答え、どこで生まれたの?聞けばニャンカウイと返事する。
ランカウイ島の蝶
ランカウイ島の蝶

 連日の雨天と思いがけない低温で蝶は全然だった。日本の蝶マニアがかなりたくさん押しかけて、その人たちの自費出版も2冊あるのだが、教えの通りの場所に行ってもさっぱりなのである。記録の最後が10年前ぐらいになるから、きっとこの10年で島はかなり変化したのだろう。10年前の本の中でも変わった変わったと嘆いているのだから。
 というわけで期待した蝶との出会いは少なく、有名なキララシジミも見ることができなかった。蝶は目撃回数を10とすると、捕虫網の捕獲は5、撮影は2ぐらいの成功率だ。今回も少ないとはいえあれこれ目にした蝶もあるのだが、いずれもあっという間に消え去ってしまうのであった。
ゼイタクは言わない、なんでもいいから虫を見せてくれ
ゼイタクは言わない、なんでもいいから虫を見せてくれ

 蝶が不作だとしても裏に熱帯雨林をかかえる島ではないか、なにかおもしろい虫が出てきてぼくを歓迎してくれてもいいはずだ。と思って目をこらしてあたりを歩き回るのだが、これまた全然なのである。夜になったら灯火に虫が飛んでくるのでは、と期待して宿まわりを歩くが虫はおらず不審者としてとがめられそうな気配。腐ったバナナをストッキングに包んで山にしかけたが、これはサルの諸君がすぐに持っていってしまう。そんな中でわずかにお会いしたのが右の諸君。左上はハムシの類で色がきれい、隣りはヨコバイで平凡。左下は枯木の皮をはいだらいたサソリ、その隣は渋いがどってことないトカゲ君。こんなことなら日本の夏の方がずっと虫が多い。北海道だってもっといるぞ!とひとり怒るのであった。
宿で読書の日々なのであった
宿で読書の日々なのであったる

 連日連夜の雨模様だし、出かけてもあたりは観光地熱海である。やむをえず読書の日々になる。西欧の旅行者がよくプールサイドで本を読んでいるが、それを眺めて「大人だなあ」としばしば感ずる。休暇を心の休暇としてリラックスするのだろうが、貧乏性のぼくなどは「せっかく遠くまで来たんだからなにか収穫を」とせわしく思ってしまうのである。ところが今回は強制的に「ゆったり休暇」を押しつけられた格好で、読書の日々を送ることになった。テラスの向こうにはパディ(田圃)が広がって、自慢の風景らしいが日本人には特におもしろくもない。それよりたまにやってくる鳥の方が楽しくて、いつも双眼鏡をそばに置いておいた。White throated Kingfisher なるとてもきれいなカワセミがきた。野鳥を目的にした方がよかったかな。
帰宅したらお正月だった
帰宅したらお正月だった

 年末の帰郷ラッシュの中を北海道までたどり着いた。往路は吹雪で高速道路が不通だったし、帰路は大混乱の飛行機だし、どうも今回はアンラッキーな旅だった。しかし帰ればギンとランのふたりが熱狂的に歓迎してくれる。おおランちゃんは10日の間に成長しているではないか。荷物を解いてひと息つくともう大晦日、有巣や仁木がやってきていつもの年末年始パーティになるのであった。クリスマスとお母さんの誕生日も一緒だからプレゼントが行き交っておもしろい。一番いっぱいもらうのはやはり仁菜で、彼女はまるで女王様のようである。ふとこんなんでいいのだろうかと心配になったりする。写真は1月元旦の朝、みんな夜更かしで眠たそうな顔をしている。



●2014年12月
 いよいよ本格的な冬、しっかり雪が降り、気温もぐんぐん低くなっている。
 いつもと同じ冬、いつものように除雪作業をやり、いつものように野鳥にエサをあげる毎日だ。
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エゾリスのキキ君が今年もやってくる
エゾリスのキキ君が
今年もやってくる

 玄関先のハシドイの木には今年も野鳥用のエサ台を吊している。 台というよりも筒状の給餌装置で、これだとカケスやヒヨドリなどがエ サを取りにくい。かわいがっているのはカラの類で、シジュウガラなど5 種がメインのお客さんだ。北海道のエナガは顔が白いシマエナガなの だが、残念ながらヒマワリにはやってこない。小さな雑穀類だと呼べる と聞いたが、するとスズメが大挙して押し寄せそうで躊躇している。カ ラの類以外にもアカゲラとかシメとかも時々来るのだが、毎朝必ずい るのが写真のエゾリスだ。リスにしては大柄で、あまり人を恐れず両 手でヒマワリを食べている。同じ個体かどうか分からないが、ひとまず 名前を「キキ」ということにした。時にキキと鳴くのである。
トラクターの出動です
トラクターの出動です

 改めて言うまでもないのだが、トラクターというのはとても偉い機械なのである。都会の人はただ「畑を耕す機械」ぐらいにしか思わないだろうが、それは半分ぐらいの正解。実際には後ろに(時には前にも)取りつける作業機がそれぞれ専門の仕事をこなすようにできている。写真の緑色の作業機は雪を飛ばす「ブロアー」で、作業幅が2.3mある。トラクターの動力がこの機械に伝わって、後ろの大きな羽根(オガー)を動かす。これが雪を飲み込んで遠くへ放るのだ が、問題は作業を後進でやらなくてはならないことだ。作業中ずっと後ろを向いているので、首がとても疲れるのである。
ランちゃんとうとう6ヶ月
ランちゃんとうとう6ヶ月

 これまた今更だが、子犬の成長は本当に目まぐるしいもので、週単位でサイズがぐんぐん大きくなっていく。ランちゃんの体重は2ヶ月5キロで来て以来、月ごとに3キロずつ増加して、8キロ、11キロ、14キロ、 そして6ヶ月を迎えて17キロ近くになった。
 体全体はまだ子供の直毛コートでふかふかしているが、バリカンで顔を剃ったらとたんにプードルの表情になった。やることは子供だが、姿はいよいよスタンダード・プードルになっている。ギンと並ぶと足の短さが目立つがいずれ体高も伸びてくるだろう。あまり吠えないので事務室に置いてもまずまず大丈夫、いずれギンとふたりで事務室勤務、接客係になるだろう。犬が嫌いな来客には大迷惑。
コウモリ君は冬眠中
コウモリ君は冬眠中

 アリス・ファーム本部周辺の建物にはあちこちに写真のようなコウモリの巣箱が設置されている。もうずっと以前のことだが、窓の木製ブラインドの裏にコウモリが住みついていることを発見し、しかし建物にはツタが茂るようになって、ブラインドへの出入りが難しくなってきた。そこでコウモリ用の巣箱を作って設置したのだが、なかなか利用してもらえないでいる。2枚の板のすき間とか、板の古び具合とか、サイズとかなにかコウモリの気に入らない要素があるのかも知れず、あれこれ仕様を変えて設置してある。わが家のコウモリは「ヒナコウモリ」という種類で、夏にはここで出産、子育てをするが、雪が降る頃になるととこか山中へ行って冬眠、越冬するようだ。
ギンちゃんモデルになる
ギンちゃんモデルになる

 ある婦人誌の子供服特集でわが家で撮影があったのだが、掲載紙が送られてきた。ずっと前の話だけどギンちゃんが立派にモデルをやっているので、あえ てここで紹介させてもらう。版権のようなものがあるのかも知れないが、ネタ不足の折なので勘弁してもらおう。
 スキャンが悪いのであまりきれいな写真になっていないが、グラビアでは光がとても美しく、さすがに高名な写真家の撮影なのである。もともとギンはこの撮 影をぼくと一緒に見物していただけなのだが、急遽かり出されてモデルになった。担当編集者によると、ギンちゃんの「所属事務所はどこですか」という問い合わせが他誌からあったそうだ。東京にいたらギンちゃんもスターになったかも知れないが、本人はカントリーガールの方がハッピーだろう。



●2014年10月
 前々から申し上げているとおり北海道の季節は気前がよくて、9月1日をもってきっぱりと秋になり、11月1日をもって断固として冬になる。
 今年もその通りに季節が変化して、あっという間にもう1 0月も末、冬がすぐそこまでやってきている。外の片付けやブルーベリーの冬囲いに忙しい毎日です。
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菜園の整備が終わる
菜園の整備が終わる

 本部敷地の南端にある菜園スペースには、かれこれ30年の歴史がある。丘を切り取った敷地なので赤土がむき出しだったが、そこを無理矢理畑にして、以来長い間土壌改良にこれ努めてきた。堆肥を入れては耕し、植物を植え、翌春になるとまた堆肥を入れて耕し、というくり返しである。そしてようやく近頃まずまずの菜園になってきたところ。300坪ほどの敷地を単純に幾何学的に分割したのだが、ずっと昔に防腐角材を埋めて仕切にした。その木材がとうとうダメになったので、思い切ってレンガを使うことにした。時間がかかったが、今年になってやっと完成、歩道部分に石の粉を敷いて仕上がりにした。写真はピカピカの歩道に足跡をつけるギンちゃん。
シェッド(物置小屋)を塗り直す
シェッド(物置小屋)を塗り直す

 菜園の一角にあるのが「シェッド」と呼んでいる物置小屋で、これはずっと昔、長野の「スウェーデンログハウス社」残間さんのお世話で建てた建物だ。たしか『BISES』の八木編集長の仲介だったはず。かわいい小屋だが20年を過ぎるとやはり老朽化して、補修工事をこの夏に終わらせたところだ。気分を変えて外壁の仕上げを赤にすることにしたが、塗料はいつもの「オリンピック・ステイン」を使う。スウェーデンの有名な天然塗料「ファ
ールンレッド」をアメリカの塗料で代用している。ところが輸入業者がこの色の名前をずっと「ナバジョレッド」と明記している。恥ずかしい誤りなので20年来塗料屋経由で修正を要望してきたのだが、今回その会社にコンタクトしてみたら修正を快諾してくれて、ようやく「ナバホレッド」と正しく呼べるようになった。よかった。
藤門政子98歳
藤門政子98歳

 余市の老人ホームで暮らす母、藤門政子が10月に98歳の誕生日を迎えた。札幌の仁木一家がお祝いに訪ねてくれたのだが、プレゼントと花を手にした仁菜は、教わったとおりに「おばあちゃんおめでとう」としっかり言い、おばあちゃんは感激する。「おばあちゃんじゃなくて、大おばあちゃんね」、というと次からはしっかりそのように言う仁菜は本当にかしこい子供だ。天才かも知れない。なんて身びいきだけど、その仁菜も11月で3歳になる。
 ちなみに大おばあちゃんの誕生日10月11日は、わが家のギンちゃんの誕生日でもあって、彼女は今年で6歳になる。いや月日はどんどんと過ぎていく。大おばあちゃんも「もうすぐ100歳ねえ」となんだか人ごとのように言っていた。
ランちゃんは4ヶ月
ランちゃんは4ヶ月

 8月に大阪からやってきたランちゃんは10月17日に4ヶ月の誕生日を迎えた。来た時の体重は約5キロ弱だったが、いまではもう11キロを越えている。元気いっぱいではね回り、毎日どんどん大きくなっていく。対するギンは、なにしろもともと内気で繊細な性格だから、ランの天真爛漫さにタジタジで、むしろこのにぎやかなチビを避けようとすることが多い。気分によっては一緒に遊ぶが、あまりうるさいと「ウッ!」と威嚇の声をあげることもある。そのあたりの呼吸をしっかり分かるのはやはり血筋のせいだろうか、ランはきわめて聞き分けのいい子犬だ。ギンに拒否されるとぼくのところに来て、彼女流の「格闘」に誘うのである。本人は加減しているつもりなのだろうが、ぼくの手はキズだらけになっている。
秋の虫、二態
秋の虫、二態

 左右の写真、どちらも分かりにくいと思うが虫の群れを写したものだ。左の写真に白い点のように写るのは空中を飛ぶ「雪虫」、右はガレージの窓ガラスに群れる「カメムシ」だ。嬉しい虫と困った虫、秋の風物詩の2種の昆虫だ。
 雪虫は晩秋になると飛ぶ白い綿毛のある虫だが、正式にはトドノネオオワタムシという。名前のとおりトドマツを住まいとするが、秋にヤチダモの木に集まって交尾、産卵し、春にまたトドマツに移動するらしい。体長2mmのアブラムシの仲間で、今年は特に多かった。
 カメムシは越冬のために室内に侵入する困った虫で、匂いはともかく排泄物が家や家具を汚す。スコットカメムシという種類が数万単位で襲撃してくる10月の晴天の日。敵は白い壁を好むようだ。
オオムラサキの食草はエゾエノキ
オオムラサキの食草はエゾエノキ

 オオムラサキという大型で美しい蝶がいて、昆虫学会によって日本の「国蝶」に指定されているのだが、北海道にもこれが生息している。昔は全道にいたが、現在の生息箇所は限られている。そのひとつに隣の仁木町があって、今年何回か探しにいったが、残念ながら見ることはできなかった。札幌にエゾエノキを植えて幼虫から育てている人がいると聞いたので、訪ねてお話しを伺った。札幌市南区のSさんは造園業を営まれているが、自社の土場にエゾエノキをたくさん植えて、オオムラサキを育てている。ご自宅で話を聞いた後で土場に行き、すでに越冬体制に入っている幼虫を探した。エノキの落ち葉を探すと、すぐに写真の幼虫が見つかった。おもしろい形をしているので容易に識別できる幼虫だ。さて、わが家でもエゾエノキを植えるかどうか思案中。



●2014年9月
 いよいよ9月、秋が始まった。朝晩は空気がキリリと締まって外を歩くと気持ちがいい。時々寒いと感ずることもあるけれど、夏の熱気にふやけた身体にはいい刺激だ。
最近のトピックスはなんと言っても「ラン」ちゃんの到着だ。白のチビにギンもぼくも毎日振りまわされている。いやかわいいのなんの・・・・・。
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ランを迎えに関西空港を往復した
ランを迎えに関西空港を往復した

 スタンダード・プードルのブリーダー國友さんは大阪の八尾市に住んでいて、6月の関西旅行の折にお訪ねした。その頃生まれたのが白のランちゃんだ。6月17日生まれ、大きな女の子だ。まだ目のあかない生後1週間のランちゃんに会って、よしこの子をもらおう、と決めたのだった。それからおよそ2ヶ月、ようやく移動が可能になった。最近は犬だけを飛行機輸送することができないそうなので、やむをえずぼくが大阪往復をすることにした。写真は8月20日の関空で、國友夫人からランを受け取った時のもの。ランはそろそろ5キロという体重で、環境の変化をものともせずに堂々とした大物ぶりだ。飛行機で札幌、車でわが家までの距離を平然と過ごした。ずっとふるえていたギンとはかなり違う。
ギンちゃんは迷惑そうなのだが
ギンちゃんは迷惑そうなのだが

 ランは到着してすぐにギンに対面、まったくものおじせずに飛びついていく。驚いたのはギンで、なんなのこの白チビは?といいながらあわてて避難する。その後をどこまでも追いかけるラン。というような追尾関係がずっと続いて、しかし最近ではギンも少しずつ気を許すようになってきた。つきまとわれてうるさくてイヤだけど、やむを得ず同居人として認めることにしたらしい。時々は積極的に遊んであげるようにもなって、次第に関係緩和。こういう一連の手続きは毎回同じだ。ということはやがてふたりは姉妹のようになるわけで、まずは安心して見ていられる。ギンは目下ランちゃんの教育係で、新装なった隣り合わせの寝室で暮らしている。
念願のオオルリオサムシと対面
念願のオオルリオサムシと対面

 北海道を代表する昆虫として有名なのがこのオオルリオサムシだ。北海道の固有種で、時に「歩く宝石」と呼ばれる美しい虫だ。ということを本や図鑑では知っていたのだが、まさかそれが領土内に生息しているとは思わなかった。宮川@小学館が来るというので、それに先がけてトラップをしかけてみたら、まさかの成果である。スコップ片手にあちこちの山道を歩き、使い捨てのプラスチックカップを地面に埋める。そこに「寿司の粉」なるパウダーを入れると、これにつられて虫が入るのだ。ピットトラップというシカケで、カルピスを使う人もいるらしい。ゴミムシ類が多いが、オサムシ類も入り、そしてとうとうこのオオルリが入った。飛ばない虫なので地域差が大きくて、色にもかなりの変化がある。わが赤井川村産は写真のような金緑色のようだ。この夏最高の収穫で、大事なコレクションになった。ああ嬉しい。
墓地の完成と犬の墓
墓地の完成と犬の墓

 敷地の一角、菜園の奥に「墓地」を作り始めたのは一昨年のことだ。レンガで囲いを作り、木を植え、芝生をまいてようやく形になってきた。そこで次にワンちゃんたちの墓石を設置することにした。余市の墓石屋さんに頼んで4台の墓石を作ってもらった。現在の本部に移って以降の犬、パラ、モーリー、ボン、アンの4頭のモニュメントだ。そのうち最後の2頭は火葬をしたのでお骨もある。なので、ただ石を置くだけではなくて下に専用の容器を埋設して骨壺を安置した。本格的な墓である。墓地を作るには正式には許認可が必要だが、家族の祈念碑ということでOKにしよう。とりあえず家族全員の場所が確保されている。
子供モデルはやっぱりかわいかった
子供モデルはやっぱりかわいかった

 とあるファッション誌が子供服の撮影をしたいということで、自宅とホテルを撮影場所に提供した。たまにこういう撮影が来るのだが、子供モデルというのは初めてで、ちょっと興味があった。以前に来た10歳の少女モデルというのが鼻持ちならないガキだったのでどうかなと思っていたら、今回の5歳ふたりはなかなかかわいい子たちだった。見かけがかわいいのはモデルだから当然だけど、ふたりともすごく性格がいい。もしかすると競争時代にあって、性格もまた選ばれる要素のひとつなのかな、と思ったりした。もうひとり札幌から現地参加した3歳は困った子だった。同じ日に宇土巻子は別な雑誌の料理撮影をやっていて、なんだかにぎやかな日曜日になった。
ブドウの収穫
ブドウの収穫

 ホームセンターで買ったブドウの苗木を温室に植えてみた。温室は冬期間すごく冷えるので、果してブドウが越冬できるのかどうか半信半疑だったが、案外大丈夫なものですくすく育った。今年で3年目になるのだが、とうとう花が咲き実ができた。夏の暑い温室に日陰ができればいいかな、ぐらいの構えだったのでなんだかすごく得した気がする。ちょっとつまんでみると、おうこれはたしかにブドウの味ではないか。根元のラベルを見ると「ナイアガラ」と品種が書いてある。ブドウの実が育っていくのを初めて見たが、最初は小粒の実が離ればなれについて、それが肥大しながらやがてぎっしりとつまった房になるのだった。途中で心配してしまったけど、まずはめでたく立派なブドウで、全部で5キロの収穫になった。



●2014年7月
 今年の北海道は暑い。暑いだけでなく雨が極端に少なく、その上毛虫が大発生、植物には辛い夏になっている。毛虫の主力はカシワマイマイで、いつもいるマイマイガの幼虫とは別種。植えたばかりの 大切な庭木も大被害だ。
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キアゲハ観察をもう一度
キアゲハ観察をもう一度

 菜園のフェンネルにキアゲハの幼虫がいた。ちょうどその頃、村役場に小学校の教科書が展示してあって、理科教科書に「チョウの幼虫を育てよう」という項目を見つけた。いくつかヒントになるようなこともあったので、水槽を用意して飼育を始めた。キアゲハの食草はニンジンなどのセリ科の植物で、特にフェンネルが好きみたい。すでに終齢幼虫だったので、飼育を始めてすぐにサナギになった。これを蛹化と呼ぶが、幼虫からサナギへの変化がひとつのポイント。左の写真はサナギの直前で「前蛹」の段階。糸のようなもので体を固定している。この糸を固定したまま幼虫の衣を脱ぐのだが、この時糸を巧みにくぐる。という瞬間を今回も見のがしてしまった。右は前回の羽化の様子。
京都の宇納工房を訪ねる
京都の宇納工房を訪ねる

 アリス・ファームの家具工房では長い間シェーカー教団の家具の復元をしてきたが、新しい本部を作って移転する時に仕事としての工房運営は休止することにした。しかし、長年続けた仕事のノウハウや機械、道具類もたくさんあるので、これをアリス・ファームOBですでに工房を開いていた宇納正幸くんに譲ることになった。家具工房OBはたくさんいるのだが、ずっと木工を続けているのは少数で、その中でも一番しっかりやっているのが彼なのである。そういういきさつで時々連絡はしていたが、直接工房を訪ねるのは最初のことだ。京都の北、京北町に素敵な工房とショールームがあって、若い人がふたり一緒に仕事をしていた(教室の生徒) 。宇納くんの奥さんの中野さんもアリスOGで、成人した娘さんがふたりいるとのこと。
ギンちゃんの実家、「フランソワ王国」訪問
ギンちゃんの実家、
「フランソワ王国」訪問

 わが家の愛犬ギンの実家は大阪の八尾市にある「フランソワ王国」であり、このケンネルを運営している國友さんご一家だ。関西方面の旅で、久しぶりに國友さんを訪問した。ブリーダーだから当然なのだが、ここにはスタンダードプードルがものすごくいっぱいいて、猛烈ににぎやかである。それぞれ名前を聞くものの一向に記憶ができないが、いずれもギンちゃんの親戚筋にあたることは間違いない。國友さんには「次の犬」について相談するつもりだったのだが、こちらの希望ぴったり子犬がちょうど誕生していていて、話は俄然リアルになってきた。写真左が國友夫人、奥はダンスの先生、前のどちらかがギンのお母さんのはずだ。
岡田さんご苦労さまでしたBBQ会
岡田さんご苦労さまでしたBBQ会

 北海道新聞の専務岡田実さんが会社を退職することになった。岡田さんとはもう3 0年来の友人で、アリス・ファームの今日があるのは彼のおかげ、という恩人のような存在なのである。退職と聞いたのですぐに皆さんに連絡して「ご苦労さまでしたBBQ会」を企画したのだった。嶋田忠さんが来れなかったのは残念だが、ちょうど北海道を旅行中の野田知佑さんが加わって、みんなで楽しい昼を過ごしたのであった。ラム、シカ、ブタ、ウシ、トリの5種の肉を思い切り食べる「コレステロールデイ」で、満腹の面々。右から野田さんの犬、小川巌、岡田実、宇土巻子、小川夫人、岡田夫人。野田さんと手前に座ったらなんだか大きく写ってしまって申し訳ない。
「白髪五人男」奄美大島集合!なのであった
「白髪五人男」奄美大島集合!
なのであった

 昨秋に宮川勉@小学館と四国の野田御大を訪問した折に、なにかのはずみに奄美大島はいいぞお!という話になった。それなら次の五人組集合は奄美にしましょう、ということで、7月中旬に奄美の離島、加計呂間島に全員集合したのであった。残念ながらモンベルの辰野さんが不参加だったが、ゲストが何人か加わってにぎやかで楽しい数日を過ごしたのであった。
 写真後列右から林家彦いち(落語家) 、宮川勉(小学館) 、佐藤秀明(写真家) 、野田知佑(作家) 、藤門、佐藤俊( アーティスト) 、前列右から夢枕獏(作家) 、浜田太(写真家) 、遠藤昇(編集者)、本松みどり(野田助手)。
加計呂間島の昆虫採集
加計呂間島の昆虫採集

 奄美のベテラン宮川によると、山が深く未開の部分が多いので奄美大島の生物層は相当に深くて魅力的なのだそうだ。行ってみるとたしかに蝶がわんわんと飛んでいて、まずは個体数の多さにびっくりした。最近は写真に転向したので網は持参せず、ひたすらカメラで蝶たちを追いかけた。宮川君は甲虫に興味があるので、一緒にバナナのトラップを作って、あちこちにしかけて回る。翌日に回るといくつかの甲虫が来てはいたが、あまり収穫はなかった。数日置いてからの方が効果がでるのだそうだ。宿のまわりの林には野鳥が多くて、リュウキュウアカショウビンがたくさんいた。メジロが小さいなあ、と眺めていたら、昆群を作るシジュウガラがそのメジロサイズなのでびっくりした。島はおもしろい。
獏さんグループは今日も釣りなのであった
獏さんグループは
今日も釣りなのであった

 夢枕獏さんと林家彦いちさん、それに「フィッシング・カフェ」の遠藤昇さんは一年中釣りばかりしている。会う時がいつも釣りの時なのだというエクスキューズだが、3人とも釣りだけで人生を送っているに違いない。うらやましいけど、一体いつ小説を書き高座をつとめてるんだろう。不思議だ。
 という3人組に便乗して加計呂間島でも釣り三昧だった。写真はリーフの先端で潮の変わり目を狙って大物を釣る、という高度な釣りをやった時のもの。獏さん大当たり、彦いちさんまあまあ、ぼくゼロという成果が表情に表れている。悔しいけどその順番がそのまま技術の差であるらしい。しかしいずれまた逆襲の機会もあるはずだ。モンゴルの大イトウのように。



●2014年6月
 いつまでも雪が残っていて中々春にならない、と嘆いていたらいきなり春めいて、かと思うとこれはもう夏ではないかというような暑さも襲ってきて、いやはや季節は目まぐるしい。
 6月に入ってまずは一段落、たおやかな新緑に囲まれた心やすらぐ毎日を送っております。
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有巣くんと魚釣り
有巣くんと魚釣り

 内科医として多忙な毎日を送る有巣君、週末も別な病院で当直などして働きづめらしい。たまには遊んだほうがいいよ、と声をかけて一緒に魚釣りをすることにした。ホテル・ドローム付属の「ドローム・フィッシング・エリア」という釣り堀があって、ここにはニジマスの大群が待っている。以前に手ほどきしたフライフィッシングの練習を兼ねてふたりでマス釣りをやった。フライ釣りは道具だてを含めてあれこれやっかいで、一時のブームは下火になったらしい。練習方々ロッドを振るとそれでもマスの諸君が相手をしてくれて、ひとまず楽しい春の日を過ごしたのであった。ギンちゃんも一緒で嬉しそうだった。
泊原発廃炉訴訟
泊原発廃炉訴訟

 泊原発の再稼働を許すな!泊原発を廃炉にしろ!という主旨の訴訟があって、ぼくもその原告のひとりに加わっている。この訴訟の第9回の口頭弁論があって、意見陳述のために札幌地方裁判所に行ってきた。裁判所は大通公園のすぐ向かいにあり、この写真は大通りを出発するときのものだ。
 原発から25kmの赤井川村に暮らす立場から意見を述べたのだが、北電側の弁護士が「ただの意見に過ぎない」などと不届きなことを言うので怒った。全国の原発すべてが廃炉になる日を願って、運動を続けたい。
アゲハチョウの春
アゲハチョウの春

 今年の春はアゲハチョウがすごく多い。最初は気のせいかと思っていたのだが、やはりそんなことはなくて、家の周りのタンポポにはほとんどいつも蝶が舞っている。「日本で最も美しい蝶」と言われているミヤマカラスアゲハは春からその優美な姿で飛び、オナガアゲハという真っ黒な蝶も多い。そしておなじみのキアゲハやナミアゲハ。いずれも冬をサナギで過ごして羽化した「春型」の個体だ。蝶の春型は一般に小型で、これらの子供になる次世代の「夏型」はぐっとサイズが大きくなる。
 成蝶で冬を過ごすタテハチョウの類は春早くから飛ぶが、その次の世代も家の周囲にやってくる。越冬個体と違って、春生まれはとてもきれいなのである。
誕生日には木を植えよう!
誕生日には木を植えよう!

 5月末の誕生日、去年もその前もこのあたりに木を植えた。意図して日を選ぶわけではないのだが、植樹のタイミングがちょうどこのあたりにやってくる。建設中の「墓地」の中央に、今年はメイゲツカエデを植えた。メイゲツカエデはハウチワカエデの別名で、秋になると深紅のとてもきれいな紅葉を見せる。イタヤカエデなどと違ってあまり背丈は高くならず、園芸用には株立ちが多い。札幌の「植木村」の造園屋さんから譲り受けたこのメイゲツカエデ、根巻きが大きかったので猛烈に重かった。
 来年はブナとウメを植えるべく、別の園芸屋さんに予約をしてある。楽しみだ。
親戚が集合だ!
親戚が集合だ!

 このところ入退院の多かった母親を見舞いに、東京から妹やその息子夫妻などがやってきた。母も今年で98歳になるが、ひとまず元気で大いに結構なことである。
 いとこどおしの子供は多分「またいとこ」とか呼ぶのだと思うが、ちょうど年齢が一緒でおもしろかった。2歳半の子供にもそれぞれ個性があって、なるほどこの頃からすでに別の発展をするのか、といまさらだけど感じ入った。自分の息子が2歳だった頃のことなんかもうすっかり忘れているのだが、孫というのは昔の子育てやその時代のことを思い出させる役を果たす。
OBが集合だ!
OBが集合だ!

 春のある日、大工の木沢君がやってきた。最初に会った時には18歳だった彼ももう60歳になるという。あれこれ話すうちに久しぶりにみんなで集まろうか、という話になった。彼から昔のアリス・ファーム関係者に声をかけたのだが、あれこれ事情もあって集まったのは4名だった。前列左から小松左官さんもうすぐ70歳ギャンブラー、小樽市議で「サカナクション」父の山口保さん、10歳の子供がいる還暦木沢大工、ひとり飛んで足寄の九大演習林いまだ新妻不在の新妻さん、の面々である。雨模様なので会場を温室に移動、場違いなバラの花に囲まれる面々であった。



●2014年4月
 1月号からずっとさぼってしまった。「全然更新しないけど、どうしたの?」と親切にも尋ねてくれる人がいて、誠にありがたいことだけど、別段冬眠していたわけではありません。冬眠はしなかったけど、なんだかぼんやり雪を眺めて毎日を過ごしたような気もするから、結局あまり生産的な冬だったわけではない。
 がしかし、4月1日となれば待望の春である。本年度の最初の行事として、バリ島へ昆虫採集の旅をしてきた。以下はその記録写真。
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蝶を求めてバリ島を行く
蝶を求めてバリ島を行く

 南の島だからきっと蝶がわんわん飛んでいるに違いない、そう当てずっぽうに思ったが、実はそうでもなくていささか失望した。狭い島に人がぎっしりでどこもかしこも耕しているし、農薬もかなり使われているらしい。きっと蝶には生きにくい環境になったのだろう。
 人でぎっしりの島は道路もバイクや車で無秩序に混んでいて、アジアはどこも同じようなものだが、バリは道が狭い分だけ混乱の度合いがすごい。なにを急ぐのかしらないが猛スピードで走るバイクと車の群れにマニュアル車で参戦したのだが、大いに疲れた。そこで隔日ごとにドライバーを雇うことにしたのだが、この写真は運転手Mの撮影。
バリの蝶
バリの蝶

 左上:オビモンフタオチョウ
 右上:ハイイロタテハモドキ
 左下:オビモンアゲハ
 右下:ネプティスミスジチョウ

 という具合に種の特定を試みたのだが、これはもちろん「多分そうだろう」ぐらいのことだ。蝶は類似の種や亜種がすごく多いから、なかなかきちんとした同定ができない。
バリの蝶その2
バリの蝶 その2

 左上:ハイイロタテハモドキ
 右上:アオネアゲハ
 左下:ナガサキアゲハ
 右下:キシタアゲハ

 バリの蝶旅で一番楽しみにしていたのが右上のアオネアゲハなのだが、何回か見かけたものの飛ぶのが早くて、ちゃんとした写真が撮れなかった。
 もうひとつ、カザリシロチョウの固有種が何種類かいると聞いていたのだが、これらはひとつも見なかった。きっと季節が悪かったのだろう。
バリの人々
バリの人々

左上:村の道を走っていたら、「おじさーん、この先は行き止まりだよー」と声をかけてくれた少女達。ちょっと気取って記念撮影。

右上:結婚式をやっている家を撮影したら中に入れと誘ってくれた花嫁の親戚ギャルたち。なかなか可愛かった。

左下: モンキーフォレストの猿。しっぽを引っぱったらものすごい勢いで怒った。

右下:街角の少年達はぼくの持つiPhoneに異常な興味を示し、奪って逃げそうな気配だった。
撮影機材のこと
撮影機材のこと

 カメラ歴はいたずらに長いのだが、大学時代からヒマラヤ、田舎暮らしの初期まではずっとニコンで、F 2からF 3 、F4まで使ってキャノンに転向した。ニコンは新型カメラにレンズが対応しなかったりして不親切に思えたからだ。キャノンも各種使ったが、銀塩カメラ最後はEos1で、『世界の川を旅する』の撮影では水没してカメラをダメにしたりした。デジタルになってからもキャノン派なのだが、昆虫旅行用に軽いカメラが欲しくなった。あれこれ調べてたどりついた結論がペンタックスで、アマチュア向けのK30 とK 50の2台を使い始めたところだ。値段も重量もキャノンの半分だが、大変よく作られている。上の蝶写真はこのカメラを使って撮影した。
ナキイスカ!
ナキイスカ!

冬の間ずっと玄関先でカラ君たちにヒマワリの種をあげてきた。恒例のことなので、鳥たちもなんだか当たり前のようにして集まってくる。今年はエゾリスが常連になって、毎朝玄関ドアのすぐ前に陣取っている。
 さて、春が近づくと真冬にはいなかった鳥たちが少しずつ顔を出すようになってくる。嬉しかったのはイスカで、体の赤が雪景色に映えるきれいな鳥だ。このイスカの群れに混じって現れたのがナキイスカだ。専門家に尋ねると大変な珍鳥なのだそうで、おおいにラッキー。新聞記事になったので各地からたくさん問い合わせがあった。
 写真中央がナキイスカ、左上がイスカ、右はメス。
仁木君の新居
仁木君の新居

 仁木の勤務が倶知安から札幌に変わった。長い研修医期間が終わっていよいよ一人前のお医者さん、札幌の病院に勤務することになった。住まいを札幌に移したのだが、新居は「スウェーデンハウス」で、とてもかわいい。もちろん借家だが、そのまま住み続けてもいいような上等な家だ。札幌のまん中なのに庭も広くて、クリの木がそびえていたりするから楽しい。おまけに向かいが公園で、旅行中にギンを預けるのに最適だ。
 4月のある日、仁木の誕生日が近づいたのでお祝いをすることにした。仁木もとうとう30歳なのだ。よく喋る仁菜を中心にみんなでワイワイと、楽しい午後のひと時でありました。



●2014年1月
 皆さん新年おめでとうございます。今年もどうかよろしくお願いいたします。
 さて、このダイアリーなのですが、一応は月刊ということにしておりまして、前月の報告を今月する、ということになります。かてて加えて毎月とも遅れ気味になり、時として次の月に合併、などということもあります。というわけでいつもやや旧聞ということになりますが、当分はこのまま続けますのでどうかよろしくお願いいたします。
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ハワイヨット事情調査の旅へ
ハワイヨット事情調査の旅へ

 昨年1 2月、ハワイへ行ってかの地のヨット事情を見て回ってきた。ワイキキ市街のすぐ前に有名なアラワイ・ヨットハーバーがあって、ここがハワイのヨットの中心地になっている。たとえばどこからかやってきてここにヨットを係留する場合、あるいはここを本拠地にする場合、などについて色々聞いて回った。ハーバーオフィスの人は誠に親切で、詳しく説明してくれた。ざっと言って日本の半分の料金で船を係留できるし、料金を払えばヨットで暮らすこともできるそうだ。そう説明してくれたのはフジモリさんという日系の人だった。中古艇も安くて沢山あるし、心は大幅にハワイに傾いている。さあどうしよう。
「日立の木」を見にいった
「日立の木」を見にいった

 ガイドブックによればホノルル近郊に例の「日立の木」があるとのことで、他にあまり見るものもないのでここを訪問してみた。ハワイならのんびりしているだろうと思った交通事情はしかし全然そんなことはなくて、高速道路はロスと同じようなものだった。ずっと前には高速道路なんかなくて、地上をゆっくり走ったはずなのだが、いやハワイも結構すごいことになっている。という高速道路のすぐ脇にモアナルア・ガーデンがあって、ここに例の木が立っている。日立が立てた案内看板によればこれは「モンキーポッド」という木なのだそうだが、これはよくない。ハワイ語の名前で呼ぶべきだ、日立よ。
ダイヤモンドヘッドにて
ダイヤモンドヘッドにて

 ヨット事情の調査に来たのだが、一週間もいると時間が余ってしまい、やむをえずあちこちドライブして回った。写真はおなじみのダイヤモンドヘッドの登り口あたり。木の杖を拾って、さあこれから頂上を目指すぞ!という気分だったのだが、なんだかむやみと暑くて、結局あたりをぐるっと歩いておしまいにしてしまった。しかしこの後で回った東海岸の風景はなかなかよかった。オアフ島だけだったが、それでもワイキキを出ると太平洋の火山島らしい風景が嬉しい。話は飛ぶが、ハワイについて書かれた本はくだらないのが多い。その中で抜群に読めるのが池澤夏樹の『ハワイイ紀行』、名著だ。
白内障手術と白衣の天使
白内障手術と白衣の天使

 クリスマス頃しか部屋が空いてないということだったので、この期間に白内障の手術を受けることにした。有巣が勤務する札幌の渓仁会病院の眼科だ。5年ほど前に右目をやったので一応は経験済み、今度は左目の手術だ。病院によっては日帰りもあるぐらいの手術だが、ここでは2 泊の入院が必要だ。写真は手術の当日、部屋で本を読んでいたらいきなり乱入してきた「クリスマス慰問団」だ。ぼくの隣が執刀医、あとは看護婦さん。変な写真でおかしいが、この看護婦さんたちが本当に優しくて、ぼくとしてはちょっと本気で「白衣の天使」と呼びたくなったのであった。
誕生日プレゼント
誕生日プレゼント

 持つべきものはいい息子だなあ。母親宇土巻子の誕生日は1月2日なのだが、それに先だって年末の集合日に息子たちから誕生日プレゼントがあった。珍しく宇土巻子女史が自ら欲しがった車があって、それを聞いた息子たちが秘かに用意して「サプラーイズ!」を実行、これがその時の記念撮影だ。
 車はジャガーのXタイプ、最近製造を中止した型式だ。本人は緑のステーションワゴンと言っていたのだが、サイズ的にセダンを選んだらしい。ボディの曲線がきれいで、小型だけど古き良きジャガーの面影を残す車だ。お母さんはとてもハッピーなお正月を迎えるのでありました。



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